Spellbound

手島良先生より、新刊の『これからの英語の文字指導 書きやすく 読みやすく』(研究社、2019年)を送っていただきました。
ありがとうございます。
books.kenkyusha.co.jp

私は今でこそ、ライティング指導を専門とすると自称し、「ライティング指導の第一歩は文字指導から」と唱え続けていますが、そもそも、私が文字指導に興味関心を持ったのは、若林俊輔先生の薫陶によるものです。教壇に立って数年が経ち、1990年代の「基礎英語」のテキストでSassoonフォントを目にしたときの衝撃は今でも忘れません。その仕掛け人こそ、手島良先生でした。それ以来、文字指導で手島先生が拓き、均してきた道を、その背を追いかけるように駆けてきた後輩の一人として、今、日本の児童、生徒に必要な文字学習の教材が、このような豊富な経験と深い見識に裏打ちされた日本の第一人者によって書かれ、市販されることを言祝ぎます。著者の手島先生、研究社の編集者の方々のご尽力に改めて感謝の意を表したいと思います。

以前、手島先生からは、この本に結実することになる草稿も読ませていただいていましたし、その草稿に対しては個人的に意見も伝えさせていただいておりました。研究社から世に問われる多くの書籍と同様に、この本も不易流行、次世代にも読み継がれ、受け継がれる書になると思いますので、現段階での拙速な評価は慎みたいと思い、手島先生にも、その旨はお伝えしてはおりましたが、一般書店でも発売されたと思いきや、早、密林での在庫切れとの情報を知り、急遽、ブログで取り上げることにしました。

発売即在庫切れ、というのは、恐らく、「小学校での英語の『教科化』」を間近に控え、相当数の教育関係者が「文字指導」に不安を持っていることの現れでもあると思うのです。多くの方の目に触れ、手に取られることと思いますが、この書が単なる「マニュアル」として消化されることがないように、第1章と第2章に関してのみ、私が「文字指導をする方たちに、よく読んで、考えてほしい」あれやこれやを、ここに記して置こうと思います。

まず、伝えたいのは、この書は、小学校・中学校・高等学校で、児童生徒の指導をする英語教師だけでなく、その教師の指導に当たる立場の、各自治体の教育委員会の指導主事や大学で教員養成に携わる大学の先生方にも読んでいただきたいということです。

次に、「教師・指導者自身が手書きをすること」の意義です。
私も、過去2年で2回、「教育関係者対象の文字指導」のセミナー、ワークショップを行いました。
これから教壇に立つ方も、既に教歴の長い方も、実際に新たな枠組み・体系に則って「手書き文字を体現する」機会は、そう多くありません。この手島先生の新刊は、豊富で体系的かつ具体的なワークシートが付随(要ダウンロード)することで、児童・生徒の練習だけでなく、その前に、それと並行して、教師・指導者自身が、手書き文字の「現代体」では、どのような文字・字形・書体・運筆を成すのかを体現できる、という意味でも貴重な一冊といえるでしょう。

以下、第1章で気をつけたいことから。
「第1節 まずは書体を比較すると」の最後の「コラム」(p.10)で指摘されるように、「活字体」「ブロック体」「筆記体」といった、旧来(従前)の日本の英語教室で耳にする用語の問題点を認識し、「英語の手書き文字」を語る、リテラシーを日本の英語教育の世界に確立することが重要です。
Ball & Stick 体と呼ばれる字形の源流とその教育的な観点での問題については、手島先生が参考文献に示した Briemのサイトの資料 Handwriting Repairを御覧ください。

sites.google.com


p.9にある「手書き文字の分類表」は、手島先生が既にセミナーやご自身のブログなど発表されているものですが、あらためてその分類の精緻さに驚かされることでしょう。ここでの「運筆」「筆法」に関しては、第2章をカバーした上で、再度戻って確かめることをお勧めします。

「第2節 英語の文字に対して生徒が抱く疑問」には22の質問がリストされています。
詳細は実際にお読みいただきたいと思いますが、

文字を書く方向
文字数
大文字と小文字
文字の幅・高さ・位置
字形
筆順
文字の名前と読み方

など、教師が気にしておかなければならない観点を浮き彫りにしてくれますので、ここは軽く流したり、読み飛ばしたりせずに、ひとつひとつ確認してもらうことを望みます。ここで「?」を共有しておくことで、このあとの第2章以降で、より深い「気付き」が得られることと思います。

「第3節 文字指導のCAN-DO リスト」では、まず、pp. 17-19の文字の弁別的特徴を読み、実際にそのペアを書いてみることをお勧めします。
ここから先の「指導例」には、目安としての時間がついたものが多いのですが、指導者側が実際に自分で書いてみることがこの「目安」を体感するのに必須かと。
第1章の最後には「コラム」があり「学習指導要領」への注文(とりわけ「筆記体」の認識を改めること)もなされています。

「第2章 文字を教える」
は、手島先生の専門性と経験知の結実と言えるでしょう。「臨床の知」ということばは陳腐な用語となりつつありますが、入門期の学習者(及び再入門の学習者)指導に関わってきた手島先生の「目利き」に唸らされます。「心ここに在らざれば視れども見えず」ですね。

一点、「大文字が先か、小文字が先か」という指導の手順では、私自身は「小文字から」という方針ですので、手島先生との私信でも、この部分でのやり取りがありましたが、「大文字が先」という手島先生の意図・狙いに関しては、

  • できる限り早く小文字の指導に入るという条件付きで

という但し書きをよく読んでいただきたいと思います。小学校英語関連での「伝達講習」などで、既に文字指導が行われていると思いますが、テキストがその順番だから、ではなく、その背景にある理念・哲学に十分に注意・配慮して指導に当たって欲しいところです。

この第2章の中で、とりわけ注意を喚起したいのは、p. 48の「文字練習のさせ方」での、グループでの「縦」書き練習と、「分散」練習です。
私も、常々、「分割縦書き」の重要性を訴えていますが、

  • 1つの文字を繰り返し書かせることをしない
  • 一度に右端まで埋めさせない

というところは「現場」に浸透して欲しいと思っています。
「そのこころは?」と思われた方、異論のある方は是非、ご自身の目でお確かめください。

「大文字の指導」の「第3節」での私からの注文・要望は1点。
p. 52で、「大文字の文字の幅による分類」があり、字高(文字の背の高さ)との比較があるのですが、

MWの肩幅と歩幅、Mの谷とWの山
Qのしっぽの位置と向き
BEFPR(S)の一階と二階、肩幅と歩幅

についての補足、コメントがもう少し欲しかったと思います。この点に関しては、過去ログ
tmrowing.hatenablog.com

をお読みくだされば、私の意図はわかろうかと。

「第4節」から、小文字の指導に移りますが、ここでの文字の分類整理は、「第5節」で、実際に(教師・生徒ともに)書くことを体験してから、もう一度戻って確かめることが重要かと思います。

この分類では「筆法」に焦点が当てられているところが、従前の「市販ペンマンシップ教材」との相違点でしょう。文字を書く際のstrokeで、共通する動きを持つ文字を分類整理して練習しますので、開始点のドットと矢印のついたガイドラインに十分に注意させて指導することが望まれます。

motor skillsの習得が重要な観点なのですが、「通ってきた道を戻る」運筆に関して、日本語の「かな」との比較対照など、もう少し言及があっても良かったように思います。
過去ログの
tmrowing.hatenablog.com
に関連資料が見つかると思います。


「フォント」に関しては、Sassoon とBriem Handwriting とを取り上げていますが、なぜこの2つなのか、ということは、pp. 74-78までの「現代体の字形の整え方」で明らかにされています。ここは私も読んでいて震えました。第一人者が第一人者たる所以だと思います。

「第7節 大文字と小文字の練習」
では、字高と位置の習熟のために、四線、一線、二線と補助線の「効かせどころ」に配慮した指導例が示されています。味わいたいところです。
私は、4:5:4とか5:9:6の四線を活用し、徐々にそこからの自立を促すようにワークシートを工夫して使っていますが、手島先生の指導では、できるだけ早く「四線」を使わなくても安定して字高・位置・字形が整うようにシラバスが構築されているところに注目して欲しいと思います。

第2章の最後には、「コラム」で、「左利き」への対応、「ペンの握り」が取り上げられています。
「ペンの握り」に関しては、『小学校で英語を教えるためのミニマム・エッセンシャルズ 小学校外国語科内容論』(酒井他編、2017年、三省堂)に収録のコラム(「コラム3 鉛筆の望ましい持ち方」小林比出代)の方が詳しいと思いますが、左利きの学習者への配慮、指導方法だけではなく、彼らの「困り感」を右利きの指導者が追体験する具体的な手順も記してあるところが手島先生ならではだな、と感心しました。
「筆記具・補助具」に関しては、このブログにも特集した記事がありますので、参考にしてください。
tmrowing.hatenablog.com


以上、駆け足で第2章まで言及しました。第3章以降も含めた詳しい評価は、また追って書きたいと思います。

繰り返しになりますが、英語教育関係者必携・必読の書です。
焦らず、丁寧に繰り返し、じっくりと消化吸収すべき、という点では、以前、同じ研究社から出た、

大名力『英語の文字・綴り・発音のしくみ』(研究社、2014年)
books.kenkyusha.co.jp

にも共通するところがあるかと思います。

やはり、このような、専門性が高く、読めば読むほど、噛めば噛むほど味わいの深まる本が、研究社からの英語教育関連書の真骨頂なのでしょう。

英語学習者として、英語教育に携わる者として、このような本に育てられ、鍛えられてきたことに改めて感謝します。

タイトルの「これからの…」ということばに込めた先輩の思いを噛み締め、本書を熟読玩味します。

本日はこの辺で。

本日のBGM:Something in common (Dawes)
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