「教えて!絶版先生」第2回: よくわかる新高校英文法

tmrowing2014-09-14

不定期連載と称して始めた、「教えて! 絶版先生」の第2回です。

第1回は英語教師向けの概説書でしたので、今回は「英語学習」に焦点を当てて一冊を選んでみました。
『学習英文法を見直したい』 (研究社、2012年) の拙稿 (第7章) で指摘したことの一つに、「母語の足場からの橋渡し」 (pp. 97-98) があります。
consciousness raisingとかraising awareness という用語が飛び交う時に、「気づき」と短絡的に捉えるのではなく、かといって、noticingの分類定義に入り込むのでもなく、raise (上げる) というからには、

  • 「それ以前」にはどこにあって、「それ以後」はどこに移るのか?

それこそ、「地に足の着いた」考察が求められるでしょう?という問いかけでした。

「母語の足場」を整備することで、英語の学習を促進する考察といえば、拙稿の直前に掲載の第6章を執筆された亘理陽一先生のあげた「オススメの学習英文法関連書」が思い浮かぶでしょう。

  • 黒川泰男・小山内洸・早川勇 『英文法の新しい考え方学び方 日英比較を中心に』 (1981年初版、1985年増補新丁版、三友社出版)

流石は亘理先生、よく見ていらっしゃいます。
この概説書で、著者の一人である早川勇氏が、

  • 日英語の比較を基礎とした学習文法書

の名を一冊あげています。そして、その本は、早川氏ご自身の筆によるものなのです。

今回、私が取り上げるのは、その早川氏の著書、

  • 黒川泰男 監修、早川勇 著 『よくわかる新高校英文法』 (1982年、三友社出版)

です。前述の『英文法の新しい…』の初版直後に出版されています。
既に、このブログでも何回か引用はしていたはずですが、改めて内容を振り返って見たいと思います。

監修者の黒川泰男氏のことばから印象的な部分を抜粋します。

私は英文法は単なる必要悪であるとも、便利な道具であるとも考えません。ことばそれ自体が文化の標識であるのと同じように、文法は文化体系であり、その法則性のゆえに普遍的な価値体系であるとも考えられます。良き文法を学ぶことによって、私たちは論理的思考力や文化性を身につけることができます。

本書の特徴を一つだけ特筆しておきます。それは日英語の構造の比較を全面的に行なったことです。論理的な思考が形成され始める時こそ、母語としての日本語と外国語としての英語とを対比させながら英文法の勉強を進めていくことは、思考をさらに深め豊かにするものと確信します。そして、英文法の基礎をしっかりとつかんだ後で、日本語をあまり意識せずに英語を直読できる方向へと進む必要があります。

目次で全体像を眺めて見て下さい。

注記:「はてなダイアリー」では、タイトルではなく [ ↓ ] のアイコンをクリックすることで、リンク先のファイルがダウンロードできるようになっています。

よくわかる目次1.pdf 直
よくわかる目次2.pdf 直
よくわかる目次3.pdf 直

一見して気がつくのは、「訳し方」という文言でしょう。本書は、日英語の対比で「英文法」を捉えていくアプローチですが、「その英語は、日本語に対応させるとどうなるのか?」、「意味の対応を考えると、形の違いはどうなっているのか?」というように、「英」を見るために、「日」の光を当てている、と考えればわかりやすいでしょうか。
最近出版された、『英作文なんかこわくない』 (東京外国語大学出版会) のような、日本語の構造と意味を足場に、英語に移し替えていくというアプローチとは当然のことながら異なっています。

本編の内容を見ていきましょう。
第1章は大まかに「品詞」を扱っています。

よくわかる品詞1.pdf 直

名詞に始まり、形容詞、動詞と進みますが、類書と比べた場合に、「形容詞」での日英比較は、日本語の語形、形態素に着目した分類をしているところが特徴的と言えるでしょうか。

よくわかる品詞2.pdf 直

前置詞句を伴う副詞句の扱いは、近年では、学芸大の金谷憲先生のグループの研究成果が指導方法や教材に活かされていますが、ここでは、名詞を修飾する<前置詞+名詞>についても注意を促しており、初学者が誤りやすいポイントへの配慮が窺えます。

よくわかる品詞3.pdf 直

私の指導で言えば、

  • <ほにょほにょ+四角>が「どどいつ」となる場合

  • <四角+ほにょほにょ+四角>が大きな名詞のかたまりを作る場合

との区別をどう扱うか、ということになります。

最近では、<情報構造>などという用語が受験生相手の「学参」でも飛び交っていたりしますが、本書では「英語学」の知見を反映させながらも極力易しい (優しい) 言葉で説明しています。

よくわかる情報構造.pdf 直

動詞の記述説明の確かさは、本書の「特長」です。
時制の扱いでは、「現在時制」を丁寧に扱っています。この項目は、過度な単純化では「本質」を見失うばかりか、誤解、誤用を生む可能性がありますので、日英語の対比、そして、「適切な用例」を用いて、各事例を説明していることが大切になってきます。

よくわかる現在時制1.pdf 直

過去ログでも取り上げた、動詞の意味特性に応じた「進行相」の説明も、1982年という執筆時期を考えると、もっと高い評価を受けて然るべきだと思います。

よくわかる動詞意味特性1.pdf 直

過去ログで示していた、所謂「進行形」の扱いも再録します。

早川_progressive1.jpg 直
早川_progressive2.jpg 直
早川_progressive3.jpg 直
早川_progressive4.jpg 直

CloseやLeechらの研究成果を踏まえた記述がなされていることは、『…考え方学び方』 で早川の担当した「現在時制と進行形」 (pp. 119-148) を併せて読むことでより分かると思います。惜しむらくは、『…考え方学び方』の、p.146にある一覧表形式でまとめられていた、動詞の意味特性による分類の「日英対比」が、「学参レベル」の記述、説明に直接反映されなかったところでしょうか。

考え方動詞意味特性.pdf 直

これ以前の所謂「学参」では、毛利可信の『ジュニア英文典』 (研究社、1974年) のp.202に、一覧で動作動詞と状態動詞の下位区分は示されていますが、日本語との対比はありません。

毛利動詞の分類.pdf 直

既に、毛利から40年、早川から32年が過ぎています。その後の、「学参」の記述が、これ以前のレベルに戻ったり、これ以下のレベルになってはならないでしょう。

「日英対比」を踏まえた動詞周辺の記述の確かさは、「準動詞」などと呼ばれる<to原形><-ing形><-ed/en形>の働きの記述、さらには後置修飾で「時制」を活用できる<関係詞>の記述でも現れています。

よくわかる名詞句の限定表現1.pdf 直
よくわかる名詞句の限定表現2.pdf 直
よくわかる名詞句の限定表現3.pdf 直

このように、類書にない特徴と特長を持つ本書ですが、再考を要する記述も見られます。

比較に関しては、日本語の形容詞、副詞には英語に対応する「級」にあたる形態素の変化がないことを最初に示すなど、好ましい導入はしてありますが、原級・比較級・最上級を一度に示すことでその違いを理解させようというイラストにはやはり無理があります。(それでも、過去ログで指摘した最近の概説書のイラストよりは betterですが…。)

よくわかる比較1.pdf 直
よくわかる比較2.pdf 直
よくわかる比較3.pdf 直
よくわかる比較4.pdf 直

90年代に入ってから、この『よくわかる…』を書店で見ることは少なくなり、2000年代に入ってからは、古本市場でもなかなかお目にかかることができなくなりました。

この間、三友社からは黒川泰男氏の監修で『コンフィデンス総合英語』(1999年) が出ていますが、日英対比は前面には出ていませんし、場面・状況を的確に示すようなイラストも影を潜めました。
日英の対比での「英文法」の概説書では、黒川氏の著書で『英文法の基礎研究 日・英語の比較的考察を中心に』 (三友社、2004年) が世に出ていますが、その後、早10年が過ぎ、未だ「学参レベル」での消化、昇華には至っていません。

最後に、この本の「ネタ本」とも言える書について言及しておきます。
『…考え方学び方』に多くの「絵」が引用されている、

  • M.I. Dubrovin, Situational Grammar, Moscow

は、「旧ソ連」で発行されていた文法書です。

考え方学び方1.pdf 直

私が教師になってから取り寄せ持っていたのは第二版 (1978年) だと思うのですが、今ではどこかに紛失してしまったのが悔やまれます。第三版が1986年に出た後、「ベルリンの壁」が崩れ、体制が変わり、その後の改訂はなされていないようです。

『よくわかる…』の特徴は、適切な日英対比に加えて、このSituational Grammar に「大いに影響を受けた」と思しき、場面・状況を具体的に示す豊富なイラストです。時にユーモアのスパイスが効いていることもありますが、棒人間ほどには簡略化されていない、分かりやすいイラストとなっています。
所謂「話法」の項、伝達文の指導では、このイラストがよく「効いて」いるように思います。

よくわかる話法1.pdf 直
よくわかる話法2.pdf 直

最近の「学参」には、動詞や前置詞の「イメージ」を伝えるための工夫が盛り込まれていますが、この「伝達文」でここまで、個々に分かりやすい「イメージ」を与えている初学者用の教材は少ないと思います。
日英対比で依拠する「日本語 (学)」そのものの研究が進み、より学習者に優しい、安心できる「足場」が整いつつある現在、絶版になっていることが惜しまれる「学参」です。
より高いこちら側の足場から、橋渡しできる「彼岸」と、そこから見渡せる景色はどんなものであろうか、と思いを馳せてみたりします。

著作権の問題など、乗り越えるべき要因を考えると、改訂ではなく、新たなコンセプトでの「日英対比」と「イメージ」の融合を模索することになるのでしょうか。その場合のハードルは、ベルリンの壁よりも高いのかもしれませんが…。

本日のBGM: Berlin (Lou Reed)