私の好きなキム・ヨナ

ソチ五輪フィギュア観戦記もこれで最後。
女子シングル、メダリストについて。
ソトニコワ選手の優勝を喜ばない、喜べない人たちによる記事が、大手メディアにも載っているのですが、結果を冷静に受け止めることが必要でしょう。
アトランティックのこちらの記事は、比較的冷静ですね。(http://t.co/UhuDfgKGQd)

NYTでは、ストロボビジョンのように、ジャンプとスピンの映像を用いて、ソトニコワ選手とキム・ヨナ選手の得点を比較していましたが、
TES = レベル判定を含む各技術要素の基礎点とGOEの合算による得点
PCS = 観点別評価による演技への得点
が明確に区別されていないので、少々説得力に欠けたように思います。
(http://www.nytimes.com/interactive/2014/02/20/sports/olympics/womens-figure-skating.html?smid=fb-share&_r=0)

一つの演技はトータルパッケージなので、ある選手の特定の要素だけを抜き出して、別の選手の要素と比較するのは難しいというより、あまり意味がないと思います。
演技後半のジャンプがなぜ、ボーナス点として、1.1倍で計算されるのか、を考えても、同じジャンプが異なる意味、価値を持つことを物語っていることがわかるでしょう。
その上で、ジャッジスコアをもとに少しコメントしておきます。
ジャンプ、スピン、ステップ、コレオの基礎点の合計はボーナス加算、レベル判定を受け、

ソトニコワ 61.43
キム・ヨナ 57.49

これに、GOEでの加減を加えて、

ソトニコワ 75.54 (GOE加算分 14.11)
キム・ヨナ 69.69 (GOE加算分12.20)

このGOEを見て、「ソトニコワは盛られて、キム・ヨナは抑えられた」などということを言う人がいるかもしれません。
銅メダルのコストナー選手の得点を見てみましょう。

TES 基礎点58.45 + GOE 10.39 = 68.84

このTESだけを見れば、順位は妥当でしょう。それでも、「そういう意味づけをするために、GOEで特定の選手に盛っているのだ」と異議を唱える人はいるでしょう。私も、個々のジャンプの回転判定やエッジのエラー判定にはよく注文をつけていますから、その気持ちはよくわかります。ただ、そのような一人の思惑が全体を支配することのないように、現在のジャッジパネルのシステムを作ったのだと思っています。
GOEについては、ジャンプ、スピンなど、それぞれ8つの「観点」があり、そのうちの2つの要素を満たせば、+1,4つを満たせば+2,6つを満たせば+3なのです。自己採点するファンの方も多いと思います (私もやります) が、スピンのように時間がある程度かけられるものはまだいいでしょう。でも、ジャンプでは、「+3に値する、6つ以上の観点を満たしていたか」、を見きわめるのは至難の業だと思います。ですから、ジャンプには、ジャンプに移行する前のステップ、準備段階の所作や、ジャンプの着氷後の流れ、所作なども「観点」として含まれているのです。

リンク先の頁に審判の資料があります。それらを読んで最低限の知識、事実は把握した上で批判するのであれば、その批判にも説得力があることでしょう。
http://skatingjapan.or.jp/whatsnew/detail.php?id=1695

採点での「特定の思惑を排除すること」に関して、TESと同じことは、PCSにも言えます。
スケート技術という項目を取ってみても、
ソトニコワ選手に、 9.50をつけているジャッジもいれば、8.50をつけているジャッジもいるわけです。
コレオ・構成という項目でも、9.75もいれば、8.75もいるのです。

メダリスト3人が、それぞれ異なる曲目・演目を滑っている以上、「何を良い滑りだと思うか」に主観が反映されることは否定できないでしょう。それであっても、その一人の主観に全体が支配されないように、ジャッジパネルを作っているのだと思います。

それを踏まえた上での、メダリスト3人の観戦記です。
コストナー選手は、「ボレロ」を持ってきました。これは、2012/2013シーズンで挑戦していたもの。
ディック・バトンは「呟き」で、こう言っていました。

Kostner: Bolero, a dangerous choice. Remember, T&D, Kwan...

過去の名演が「伝説」にまでなっている曲目で踊るわけですから、厳しい評価を受ける覚悟が必要でしょう。でも、時代の異なるミシェル・クワンと競っているのではないし、時代も種目も異なるT&D (トーヴィル&ディーン;1984年サラエボ五輪金メダリスト) と競っているのではありません。肝心なのは、このプログラムをいかに自分のものにして、そして物語るか、ということです。その意味では、大成功のプログラムだったと言えるでしょう。ジャンプの難易度が低いと言われたりしますが、オープニングは3Lz単独、続いての2Aにはセカンドに3Tをつけ、ユーロでのトライから更にレベルをあげてきました。ユーロを見ていた方には分かってもらえると思いますが、そこからの1ヵ月でこれだけ仕上げてきたことに驚きます。ただ、スピンの連続での二つ目で少し軸が乱れ、そこから移行しての後半のジャンプ4連続で、加点が取り切れませんでした。3Loと3T+2Tは、マイナスがつけられても仕方のない出来だったでしょう。3Sが美しかっただけに、この後半の出だしの小さなミスが、得点には大きく影響したのだと思います。ボーナスで1.1倍の4連続ジャンプで、GOEは1.70しかついていません。
それでも、失礼な言い方をすれば「音楽の単調な」この曲で、スケート技術、身体操作、そして「トータルパッケージ」として魅せることのできるコストナー選手には円熟ということばが相応しいでしょう。

コストナー選手の演技を見終わった後は、これは頂点もあるかな?と思っていましたが、その予想を大きく覆したのが、ソトニコワ選手のフリーでした。
気になったところは2つだけ。

  • オープニングの3Lz+3Tでの回転が足りていたか?
  • 3連続のコンビネーションで、最後の 2Loのステップアウトがどこまで引かれるか?

それ以外は、今シーズンどころか、これまで見てきたどのソトニコワ選手よりも素晴らしい、勢いがあるだけではなく、滑る喜びに満ち溢れた演技でした。確かな技術と体力があるからこそ、生きる身体操作と表現なのだと思います。キム・ヨナ選手が2A+3Tを跳んでいない今、このコンビネーションでの2Aの幅、セカンドの3Tの高さはソトニコワ選手が群を抜いていると思います。現役選手でこれに迫れるのはグレイシー・ゴールド選手くらいでしょうか。このコンビネーションだけでGOEは1.80ですから、コストナー選手の4連続を足した分よりも多いのです。「森杉」というノイズも聞こえてきそうですが、バンクーバー五輪でのキム・ヨナ選手はこの2A+3Tに2.0をもらっていましたから、それに比べれば、GOEというシステムで4年間やってきて「爆上げ」とか「銀河点」にはならなくなってきたのだと思います。
唯一のミスは3連続のステップアウトですが、これには回転不足判定はついていません。GOEでマイナス0.9。私はここはマイナス2がついても仕方がないところだとは思います。
後半のスピンは、彼女の独創性が遺憾なく発揮されたところです。ディック・バトンは彼女独特の両手でブレードを持つ、キャッチフットスピンが大層気に入らないようですが、私は、フィギュアスケートに新体操的な身体操作を取り込み、新しい「美しさ」と「強さ」の可能性を啓いている彼女を高く評価しています。現役選手でこれだけのウインドミルができる選手を彼女の他に何人あげられるでしょう?
コレオシークエンスでのスパイラルで手を振る仕草がお気に召さない方は、「ロシア開催でのホームアドバンテージだ」などと言いますが、このスパイラルの部分で手を振る仕草は、ロシア選手権からやっています。ただ、スパイラル自体はユーロ、五輪へと大きく変更を加えて構成となっていて、演技自体は今回の方が断然良かったと思います。GOEもユーロの時の1.2に対して、今回は1.5がついています。
過去の自分のベストを再現しようとして「なぞる」のではなく、自己ベストを更新したことに意味があります。
ミスは確かにあり、その部分での減点は当然でしょうが、プログラムの構成全体のパッケージとして見たときに、私はソトニコワ選手の優勝で何もおかしくないと思っています。
フラワーセレモニーの後、彼女のインスタグラムは、心ないコメントで埋められていました。そこに私が書き加えたこの言葉も、次々と吐かれる毒に飲まれてしまっていて、彼女には届かないでしょう。

  • I saw the future of figure-skating in you, Adelina. No one except you would deserve the gold in this individual event!

世界選手権には是非出場して欲しいと思います。

銀メダルは、キム・ヨナ選手。
これを打っている今、画面が滲んでいます。
私はかねてよりキム・ヨナ選手の熱烈なファンであることを表明してきました。

  • 世界で2番目に好きな女子選手

とも言ってきました。一番は誰か?ラジオちゃん?いいえ、私がこれほどまでにフィギュアスケートを好きになったのは、太田由希奈選手を見てからです。世界ジュニアを征し、トリノ五輪前に将来を嘱望され、メディアでも取り上げられていましたが、不運にもケガで競技からは引退してしまいました。

  • その太田さんが、もし競技を続けていられたとしたら…。

私はその思いをキム・ヨナ選手に託すかのように彼女を見続けてきました。太田さんが現役を退くシーズンでのインタビューで、「どの選手のどの作品を自分で演じてみたいか?」と問われて、

  • キム・ヨナ選手の「死の舞踏」

と答えていたときに、私の思いは報われたと思いました。
バンクーバー前年でのロス世選での「銀河点」、そしてバンクーバーでの圧勝以来、日本のメディアでは、浅田選手との「宿命のライバル」という構図で、物語を作り続けることに懸命で、21世紀初頭に一時代を築いた名スケーター、 Yuna Kim を正当に評価することを怠ってきたのではないかと思います。バンクーバー五輪以降は、2011年、そして五輪枠のかかった2013年の世選を除いてほとんどメジャーな競技会に出ていません。
演技構成に関しては、

  • 何を滑ってもみんな一緒で、感動しない。

などと揶揄されることもあります。でも、

  • 自分のベストを尽くして、最も点数が取れる12個の要素を配分して、どの曲でも滑りきることができる。

ということを評価しないことに驚きを隠せません。
フリーのように要素が多く、時間の長いプログラムで、一つのミスをリカバリーしようとするだけで、全体がボロボロになってしまったり、ジャンプのザヤックルールやコンビ違反に抵触したり、という例をどれだけ見てきたでしょう。今回のソチ五輪でも男子シングルでのアボット選手が転倒で十秒以上蹲った後のリカバリーで、曲が流れている中で、追いつくことがどれだけ「尋常ではない」ことか、直ぐにわかると思うのです。では、曲が変わったら?コストナー選手の歴史に残るであろうSP名演、「アヴェ・マリア」はユーロからの変更ですが、それでさえ、エキシビションで使っていた演技がベースにあるのです。

  • Effortless & Flawless

ソチ五輪でのキム・ヨナ選手の演技を見ての印象です。鉄板といわれたオープニングのコンボ、3Lz+3Tは確かに、バンクーバー五輪時ほどの高さ、幅、迫力はありません。でも、エントリーでのクロスからの流れるような入りは、「バレエ」ではできない「美」を表していました。脚や腰の状態が余程悪いのか、終始右の股関節の付け根が詰まったような乗り方でしたが、この人の氷を捉えるセンス、そして、胸骨と鎖骨のしなやかさは本当に素晴らしいと思います。レイバックスピンでレベルを取れないのは仕方ありませんし、それ以外で十分カバーできるだけのものを持っている選手です。
ミスと言えるのは単独の3Lz。着氷の乱れは減点でもおかしくなかったでしょう。
後半明らかにスピードが鈍り、2Aも精彩を欠きましたが、最後のスピンまで大きな綻びを作ることなく滑りきったことに涙しました。
演技終了後、そしてキス&クライで得点を見た時の、彼女の表情は忘れられません。
安っぽい物語に収束させたくはありませんが、「開放」された安堵感のようなもの、「憑きもの」が落ちたような安らかさがそこにあったように思います。
浅田選手のフリー演技の後、ブライアン・ボイタノ氏が、

  • This is the Mao we know.

と呟きました。
このソチが最後の五輪となる彼女の表情を見て、私も呟きます。

  • This is the Yuna Kim I love.

本日のBGM: 全ての言葉はさよなら (Flipper’s Guitar)