To whom it may concern

月曜日で2学期の授業は終了。
火曜日から担任の先生方は三者懇談など大忙し。私も去年の今ごろは高3の担任で大童だったのだなぁ。午前中は準備室で3学期の教材の作成。綿内克幸氏の新譜を聞きながら快調に。
午後は、中学校訪問。今回は、本業関連。最後の選手勧誘といったところでしょうか。お忙しいところ時間を割いてくれた学年主任の方に感謝。生憎の雨で皆既月食は見られず終い。
残すは終業式と冬季課外。
大学進学を目指す一部の高校生だと、センター試験直前期を除くと、冬場は大学受験の対策と称して、いわゆる「自由英作文」の過去問を解いたりすることが多々あろうかと思うのだが、こればかりは、信頼の置ける英語教師に添削してもらうに限る。それができない時は、添削例か、レベル別答案の豊富な学参や問題集に頼ることになるのだが、そちらがかなり心配。とりわけ模試の模範解答にはご用心。(過去ログ参照 http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061118)

私のところには時折、面識のない大学受験生と称する方からメールなどで相談が寄せられることがあります。『パラグラフライティング指導入門』 (大修館) にも大学入試問題のサンプルとその対策を書いていますので、その拙稿に関する質疑であれば丁寧に対応させていただいています。しかしながら、そうではない場合には、まず、

  • 自分が今教わっている英語の先生のところに相談に行くこと。

と伝えています。先日も自分のクラスで次のように話しました。

  • 世間では、「学校の先生が英語ができないから教わる生徒も英語ができない。」などということがまことしやかに言われているけれど、90%以上の中高生よりも中高の英語の先生は英語ができると思います。授業を受けていて、「この人、教え方下手だな」とか、「英語力怪しいんじゃないかな?」とたとえ、それほど英語ができる方ではない生徒が思ったとしても、です。

私のこれまでの経験でも、ああ、私よりも英語ができるかなぁ、という生徒は必ずいました。ですから、そういう生徒にとっては甚だ心許ない印象を与えるかも知れませんが、大多数の生徒にとっては、教師の英語力まで到達すれば上級学校への対策は半ば終わったと言ってもいいのではないかと思うわけです。ただ、speakingとwritingに関しては、英語の文法上、一文での誤りがない、と言うレベルがクリアーできても、まとまった「談話」や「段落」でおかしくない英語が話せる人、書ける人がまだまだ少ないのも事実。ですから、この部分に関しては、英語教師には普段の、不断の努力が求められると思います。わざわざ、こういう敵を増やしかねないことをいうのは、最近入手したとある大学受験用の教材の模範解答として示された英文を見て考えさせられたからです。意見文・賛否型答案の典型といえるでしょうか。

  • I agree with this idea. Eighteen-year-old people have already finished compulsory education and they can do what they want to do. Some of them go to college and others start working. They are old enough to make an adequate judgement, so they should express their own opinions by voting.
  • I disagree with this idea. At the age of eighteen, most people are busy preparing for university entrance examinations, so they do not have enough time to think about social problems or perform political activities. They should vote after reaching enough maturity to understand the complicated system of our society.

「お題」が何であったかは読めばすぐに推測できると思うので、その意味では致命傷は避けられているとも言えます。確かに、一文ごとの、文法語法上の誤りはありません。しかし、せっかく、高校で3年間英語を学んで、いよいよ卒業という時に、このような英語を書くことを目標にさせてしまって良いものだろうかと、本当に悩みます。

  • important, necessary; enough, adequate などという論証責任のある形容詞を書いた時点で、自分の発想そのものを見直すべし。

というのがまとまった英文を書く時の心構えではないかと思うので、これまでの受験直前期の自分の指導ではそうしてきました。
50-60語程度で文法的な誤りがなく、論理が飛躍せず稚拙でない、首尾一貫した英文を綴るのは大変です。
上記解答例を求める次の「お題」自体にも英語として問題があるのですが、そこはとりあえず不問とします。

  • Young people in Japan should have the right to vote in elections from the age of eighteen.

ここで問題となっているのは、

  • 「選挙権を与える年齢を18歳とする、つまり現行よりも2歳下げること」に対する賛否の表明

ということにして進めます。ここで実質問われているのは、

  • old enough という時に、enoughの基準を何に求めるのか?
  • その基準を満たす時に、どういう観点で公正さ、平等さを担保するか?

さらに突き詰めて考えれば、

  • どういう市民には選挙権を与えることが妥当なのか?

ということなのだと思います。
解答例1を見ると、論理の不備がそのまま拙い表現として表れてしまっています。

  • Eighteen-year-old people have already finished compulsory education and they can do what they want to do.

“compulsory education” を終えていることを、old enoughの基準として与えているのですが、「義務教育が終了する年齢」ということを考えに入れていません。義務教育を終えていれば、次の文に示したような政治的な判断力が身につくのであれば、命題の「18歳」ではなく、「16歳」でも良いということになります。ここでは、 “they can do what they want to do” としていますが、 “do” が何を表しているのかがあまりにも漠然としているので、「義務教育の終了時に何ができるようになると期待されているのか?」という疑問は消えません。
続く第2文は、

  • Some of them go to college and others start working.

と18歳人口が均質・画一ではないことを示しています。しかし、「(18歳人口のうち) 大学進学者もいる、就職者もいる」ということが前文との矛盾を生んでいます。義務教育は原則全員が終えるわけですが、18歳人口のうち、進学も就職もしない者に関しては何も触れていないにもかかわらず、次の文で結論に繋げるので、無理が生じることに。

  • They are old enough to make an adequate judgement, so they should express their own opinions by voting.

an adequate judgement (ママ) とあります。「投票する」つまり、「選挙権を行使する」にあたっての「充分な判断」が、「大学に通うことや働くこと」で身につくという論理的整合性が示されないまま、文が進んでいることが分かると思います。文は進んでいるのに、論は一向に進みもせず、深まりもしないのです。第2文で見たように、「その他の層」は、選挙権を行使するに足るどのような経験を積み、判断する能力・資質を養っているのかには全く言及なし。このままでは、最後に、いくら “so” それだから、といわれても、説得力は極めて薄いと言わざるを得ません。

このような受験産業の示す模範解答の不備を指摘すると、必ず、「批判ばかりしていないで代案を示せ」と諫言をしてくれる方たちがいることは承知しています。そういう方は、拙著をお買い求めの上、熟読下さるようお願い致します。クリティカルシンキングを踏まえた高校段階で目指すべき「ライティング」を極力具体的に示してあります。示されている指導例は全て実践済み、「実作」に基づくものです。しかも、私が非常勤講師として勤務していた頃の実践を多く取り上げています。
一方、入試対策の現状肯定派からは、

  • そんなこといっても、現に、ウチの生徒はこの程度の英文を書いて模試でも高い偏差値を取り、実際に難関大学に合格している。
  • お前が言うような「恐ろしいほどの論理性」を、受験生の答案に誰も求めてはいない。

という反論が寄せられるのですが、私は、高校での英語の授業の最終目標を「大学入試問題を上手に解くこと」に置いていませんので、議論そのものが噛み合わず、突き抜けません。
私が問題にしているのは、高校卒業時に目指すべき

  • ライティング力

そのものなのです。
このブログにもコメントを寄せてくれるohapuruさんがかつて、「高校ではいったい何を教えているのか、そもそも指導がなされているのか!と思うくらい受験生の英作文は酷い」という趣旨のことを書かれていましたが、もし、平均的な受験生がそのレベルなのだとしたら、入試では「自由英作文」など課さずに和文英訳を出題すればいいのです。私は、自分自身で『パラグラフライティング指導入門』という共著にも関わっていましたし、そのような理念・信念を持ち、それを目指していくことに価値があると今も思っています。がしかし、大学入試問題が、

  • 形だけ今風の、「コミュニケーション」とか「発信型」などといった衣をたっぷりとまぶして揚げてあるけれども、実際には身のやせ細った冷凍のエビしか入っていないような、もっともらしい出題でごまかし続けて、その対策が、上述のようなもので終わってしまう

のであれば、次のような選択肢を用意した和文英訳の出題の方が、学習者として今後努力すべき道筋が見えるだけ健全なのではないかとも考えています。(過去ログ参照 http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20070728)

1. 私はこの意見に賛成です。若年層が人口全体に占める割合が以前よりも減っています。投票できる年齢を引き下げることで、選挙が特定の世代の要求実現に傾くのを抑えることが可能です。
2. 私はこの意見に反対です。飲酒喫煙などと同様、成年に達する年齢という基準で投票権を持つことに大きな問題が生じていない現状で、投票権だけ年齢引き下げをする合理的な理由がありません。
3. 私はどちらとも決めかねます。同じ18歳でも、大学などに進学している人もいれば、就職している人もいます。高校に通わなかった人や、ニートもいます。何歳なら、政治的判断が可能なのか私には分かりません。

このような和文英訳という出題形式にすることが、日本の英語学習者の英語力の伸張に貢献するのであれば、それは成熟でこそあれ、退化でも何でもないと思うのです。
それでも、私自身が、今、高3の授業でこの問題を扱うとするなら、やはり「ライティング」で真っ正面から取り組むだろうと思います。

  • 人口統計資料
  • 戦後最初の総選挙が行われた年の人口の年齢区分比率と現在の年齢区分比率の比較資料
  • 諸外国の、成人年齢の比較資料
  • 18歳人口の大学・短大・専修学校等の在籍率と就職者の実数
  • 18歳で既婚者の実数とその年代別推移

などを準備し、考慮すべき要因・変数を授業で扱ってから、アイデアジェネレーションを始め、立論させると思います。別に「ディベート」をするまでもなく、こういう社会的な命題を取り扱う時には慎重にも慎重を期すことが必要不可欠だからです。2週間、6時間から8時間分くらいを割くことになるかも知れません。そこではたった一題しか扱えないかも知れませんが、そうしてまで扱う価値のある問題だと思えば、そのように準備することで、「ライティング」に必要な力を養おうとすることでしょう。
具体的な指導の手順は、拙著の pp. 180-189で示した「法律による年齢制限の適否を考える」が参考になろうかと思います。(ただし、拙著に示した指導例は5年以上前の実践に基づくものであること、そして、私自身の当時の高3でのシラバスは最終的に「一個人としての自立」という大きなテーマに収束するように構築されていること、の2点をご理解願います。)

入試を受ける側と出題する側の双方とも、教育を作っている、担っている当事者だという自覚があれば、この閉塞した事態からもう少し風通しの良い地平へと突き抜けることも可能ではないか思います。
現在は埼玉大にいらっしゃる靜先生は、中高現場にいる昔から一貫して、

  • 授業はテスト、テストは授業。

と力説し、それを実践していました。
私の持論は、

  • 授業も教育、テストも教育。

です。出題をする大学サイドを完全な「向こう側」のものとしてとらえているうちは、批判するにしても迎合するにしても、何も変わらないように思います。出題し、選考する大学側も指導して受験へと送り出す高校側も、自分が現在のどうにも上手くいっていない英語教育を担う一員である、という認識を持つことから新たな一歩が始まるのですから、まずは、協同して入試問題のあり方を語ることから。そして、このような出題の適否も含めて、入試問題とその対策を語ることが生産的になるかどうかは、大学側が英作文問題、ライティング問題の正答例・標準解答例を公表・講評することから始まると繰り返し主張しておきます。(関連記事は過去ログ参照 http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20100526)

上述の解答例2の不備が気になる方はメールを下さいな。

帰宅途中で書店に寄って、自分のために、

  • 内田樹、高橋源一郎 『沈む日本を愛せますか?』 (ロッキンオン)
  • 志水宏吉 『一人称の教育社会学 学校にできること』 (角川選書、2010年)
  • 『別冊カドカワ 総力特集 佐野元春』 (角川書店)

を購入。
内田・高橋の放談を渋谷陽一が司会進行している最初の本はあっという間に読了。
『総力特集 佐野元春』では、インタビューなど、これまでに関わってきたミュージシャンの話がお目当て。大瀧詠一、伊藤銀次、杉真理、井上鑑、井上富雄、Dr. Kyon、新しい世代では、サンボマスターの山口隆やデリコなどなど。こうやって繋がっているということを実感できるのもまた音楽を聴く愉しみを実感。
志水氏のは冬休みの宿題に。
クリティカルシンキングの入門書として生徒に読ませるものとして、

  • 中井浩一 『正しく読み、深く考える 日本語論理トレーニング』 (講談社現代新書、2009年)
  • 福嶋隆史 『本当の国語力が身につく問題集 小学生版』 (大和出版、2010年)

を入手。こちらも冬休み中に研究して、英語版を自分で作るのに役立てようかと。

本日の晩酌: 一品・純米吟醸・備前雄町・55%精米・火入れ (茨城県)
本日のBGM: 遠い旅人 (綿内克幸)