広く深く

嬉しいメールで一日のスタート。
昨年フォーラムの講師として山口に来てもらった、函館中部高校の今井康人さんから。

  • セミナー成功、おめでとうございます。/ 皆さんの感動が伝わってきます。そして全力を尽くした後の心地よい疲れも理解できます。ブログのコメントにある各講師の皆さんのお話しから成功の成果が伝わってきます。僕も昨年味わった充実感です。昨年最終日の朝、久保野りえ先生と挨拶をした後の感動が今でも残っています。永末先生の実践については、僕の講演でいつも紹介させていただいています。/ 先生がまいている英語教育の種は確実に実を結んでいます。それも全国的に広がっています。ゆっくり休んでください。そして、また大きな種をまいてください。/ 僕も頑張ります。 今井康人

ということでフォーラムの総括。いや、総花的に記しても、自分の明日にさえ響かないだろうから、自分の心に響いたことを中心に残しておこうと思う。
柳瀬和明先生の講演。まずは、この講演が「英検の講師派遣制度による助成」によって実現したことを伝えておかねばならない。このフォーラムは今年も含めて、ベネッセコーポレーションの協賛を受けているので、「英検」「GTEC for Students」という競合する、パイの奪い合いに成りかねない企業体同士のコラボが今年実現したとも言えるのである。柳瀬先生の人徳に感謝するとともに、英検、ベネッセ双方の企業体としての「懐の広さ」を見せていただいたと思っている。この場を借りて最大の謝辞をおくるものである。
個人的に数年間を公立高校での同僚として過ごさせていただいたので、柳瀬先生のいわゆる「現場」での実践、生徒への眼差しというものもよく知っている積もりでいたのだが、自分の認識が甘かったことを痛感した。現場教員よりも高いところから「英語を身につけるというプロセス全体」を俯瞰し、かつ、もう一度初級の学習者のレベルまで降りていって、どこがハードル,ギャップなのか、どのようにそれをクリアーできるのか、という現状分析を詳細なデータを元にして行う、という時間と労力のかかる地道な検証は、英検の顧問という立場にたったからこそ、大きな組織の中で揉まれて,鍛えられたからこそ、可能となったのであり、講演の中で慎重に選びながら紡ぎ出される言葉のひとつひとつに、より大きな説得力を与えることになったのだと感じた。
質疑応答を除く講演部分の持ち時間は約90分であったが、その時間はあっと言う間に過ぎていった。「カリスマ教師,熱血教師の指導法を伝授」「英語ができるようになるにはこの方法こそが有効」という布教系の講演ではなく、「初級から中級の英語学習者」という、学校種をことさら限定しない切り口が,この講演を会場の多くの人にとって「身近な」ものとしていたのではないかという印象を受けた。英検でいえば、準2級と2級との間の少し傾斜がきつくなるところ、そして準1級でぶつかる壁の部分、CEFRでいえばB1とB2の間の大きなギャップに何があるのか、具体的な考察の手がかり足がかりを多くもらったように思う。講演の冒頭で、言語力、言語技術、言語教育と言語技術教育に関して、大津先生の著作を引いて丁寧に時間を掛けて説明していたのもフォーラムのオープニングということで、配慮をして頂いたようで有り難かった。今回の三人の先生には、基調テーマはお知らせしていたが、お互いの講演内容の摺り合わせは直接行っていない。会場での質疑応答も含め、「その場」の力というようなものを感じられたのが企画側としてはとても嬉しかった。
以下は柳瀬先生の言葉の要約ではなく、私個人の気づきであることをお断りしておく。

  • 「日常」「身近」ということばは曖昧だが、CDSでの技能指標を記述しようとすると、そのような言葉を使わずに書くことが難しい。でも、「日常」「身近」が何を表しているのかが、その言葉を使っている者どうしで同じではないことは気に留めておく必要がある。
  • 広がりと深みの2つの変数が同時に負荷を上げる段階が中級と言える。「説明」ということばの使い方が求められるのはCEFRでいえば、Bレベルから上であることに留意する必要がある。CEFRは限界はあるが、既成の教材を与える、教師が教室内活動を設計する際に、目安として機能するものである。
  • 世界の広がりを話題とメディアの比喩を利用して捉え直してみると、「食べ物」について身近な (Here & Now) 話題である「自分の好きな食べ物」をブログで公開した人と、コメントのやりとりをするレベルから、日本各地の美味しい食べ物をTVの「旅番組」で見たり、「世界の珍しい食べ物」を『世界不思議発見』で見るレベルへ向かう拡大の仕方と、深みはそこそこではあるが確実に問題を捉え、今を生きる者として考察する足がかりとなる『クローズアップ現代』さらには、『プロフェッショナル』や『情熱大陸』などのように、密着して深みを持たせるTV番組、というようなイメージが持てるのではないか。
  • 文科省から我々への情報って、出たり入ったりではなくて、「出たり出たり」ですよね。
  • 因果関係ではなく、相関関係がある。
  • 「道筋」っていいワーディングですね。
  • 「触れる」って言うけど、何に?という問いかけは「英語の授業は英語で」という考えの根っこを揺すぶり、その脆さを顕わにするように感じた。以前、『英語青年』で「訳読」の考察でも述べたのだが、手持ちの英語で扱える内容しか扱わない、手持ちの英語で言えることしか言わせない授業で、どのように自分の言葉が広がり深まるか。そこで自分の口から出てくる英語は、では、英語による授業ではいつ身に付くのか、という根元的な問いを自分に向けることが大切。
  • 新指導要領下で行われる「統合的」な授業では,クラスサイズはどうなるのか。1クラス2展開、2クラス3展開などの少人数制の授業を他教科との協力で実現させてきた「オーラル」時代の成果を,新課程は引き継げるのか。40人というクラスサイズのまま、オーラルを中心として、しかも入試にまで通ずるCALP系の認知負荷が高い学習を積み上げていけるのか、二重に重荷を背負ったことになりはしまいか。自治体レベルで解決できる問題か?吉田研作氏の提唱する「水槽から大海へ」というモデルの間に、「瀬戸内海」モデルを設定することを柳瀬氏は述べていたが、その前の「湖」モデルや「汽水域」モデルなどを柔軟に設定できるためには、教師側の言語観だけでなく、校内・行政も含めたマネジメントの刷新も必要。

などなど。繰り返しますが、これらは皆、柳瀬先生の言葉そのものではなく、私の「気づき」や「思い」です。
広がりと深みということを考えると、最近は公立校でも増えてきた中高一貫校での取り組みなどで取り沙汰される「先取り」のカリキュラムに触れないわけに行かない。「中2までに中学範囲を終え、高2までに高校範囲を終え、高3では入試演習」などという「アレ」である。私自身がこの「先取り」に抱く嫌悪感の源が何であったか、柳瀬先生のキーワードで輪郭線が少し明瞭に浮かんできた。先取りをした結果、広がりや深みを生んでいるのであれば是、そうでなければ非、ということなのだ。敏い、聡い子供たちが、先へ先へと進んでいったは良いが、その過程で「ことば」が広がったり深まったりしていない例をよく目にしてきた。大事なのは、発達段階や精神年齢に見合った「広がり」と「深まり」であって、単なる学習事項,学習項目の先取りではないのだ。そこが見えないと、「小テスト」や「問題演習」で反復回数を保証することで「実り」や「豊かさ」を得ようという方向にリソースが振り分けられることになるのだろうと思う。筑駒時代の久保野雅史先生が育てていた中高の6年間、「進度」や「学習項目」の先取りをしていなかったにもかかわらず、卒業時には生徒たちは極めて豊かな英語力を身に付けていたことを今、しみじみと思い起こしている。

柳瀬先生が取り上げていた、対話例、

  • Do you think fast food will become more popular in the future?
  • Yes. I like fast food very much, so it will become more popular in the future.

を見て、大村はま『大村はまの日本語教室 日本語を育てる』(風濤社、2002年) の一節を思い出した。引用はしないので、興味のある方は是非読まれたし。(「ぴったりした答え」(pp.19-20), 「きちんと聞き取る」(pp.20-23)

今日のところは、こんな振り返りで。
実作は、普通科で大笑いしたくらいで、特記事項なし。
職員会議を経て帰宅。
職場に届いた書籍のもろもろを持って帰る。

  • 渡辺由佳里 『ゆるく、自由に、そして有意義に ストレス・フリーツイッター術』(朝日出版社)

これはベストセラーになるでしょう。現代社会を生きる人のコミュニケーションのあり方を暖かい眼差しで捉えています。高校生くらいのうちにこういうことを知って言葉を使って欲しいと切に願います。第2章の冒頭に近い部分で膝を打ったのが、次の件。

  • ツイッターで「おはよー」と挨拶を交わしている人は沢山います。けれども、それは人間関係があるからこそ意味があるのです。2000人に「初めまして」と挨拶をするエネルギーと時間があるなら、ツイッターなんかやっていないで、散歩に出かけて出会う人全員に「おはようございます。いい天気ですね」と挨拶をすればいいのに、と思うのです。/最初は変な人だと思われるでしょうが、そのうちツイッターより高い確率で挨拶が返ってきます。「日常生活で人付き合いが苦手だから、ネットの世界で人と触れたいんじゃないか」という人もいるでしょう。/冷たいことを言うようですが、そういう方はツイッター上の人間関係でもたぶん躓きます。ツイッターは後にして、まず現実世界と折り合いをつける努力をしてみてください。(pp.50-51)

こんな『ツイッター指南本』はないと思います。ただ楽しいという快楽を求めるのではなく、意味が実感として感じられ、人の指図を受けるのではなく、人の重荷を背負うのでもなく、自分で引き受けられる分だけの責任をしっかりと引き受けてネット社会と現実社会の行き来をするためのガイドブックです。是非、お手元に1冊。
この本と一緒に、買ったのが、渡辺さんお薦めの、

  • David Meerman Scott & Brian Halligan (2010), Marketing Lessons from the Grateful Dead, Wiley

伝説のバンド、Grateful Deadに学ぶマーケティングという一風変わった啓発本。英語で書かれています。経営とかマーケティングとかにはほとんど興味はないのですが、渡辺さんのhusbandが書かれている本とあっては気になるじゃないですか。ぼちぼち,読み進めようと思います。渡辺さん、いい本を紹介してくれて有り難うございます。

中野好夫が読みたくなって、

  • 『自負と偏見』(新潮文庫、1987年、オリジナル1963年)
  • 『モーム研究 現代英米作家研究叢書』(英宝社、1954年)

オースチンとモームには本当に申し訳ないが、中野の言説を辿り直すためなので何卒、堪忍をば。
マニックスのアルバムで思わぬ言葉と出会い、沈黙。O先生、多謝深謝。

  • Great simplicity is only won by an intense moment or by years of intelligent effort (T.S. Elliot)

週末の選抜県予選と台風の接近が重なりそうで気が気ではないので、今夜はこの辺で更新。

本日のBGM: Golden Platitudes (Manic Street Preachers)