『「入試問題正解」の分析と解説』

大学入試に於けるいわゆる自由英作文の出題での60語程度の制限語数に対して否定的な言及をしてきた。
私が否定形な立場に立つ最大の理由は、「大学から正答例・解答例またはそれに代わる採点基準もしくはバンドスケールが示されていないこと」である。英文和訳や大意要約の出題にはかねてより批判がある。しかしながら、たとえどんなに出題に難点があろうとも、「どのような英語の文章を読んで理解することが求められているのか」は受験生にも、受験生を抱える高校の指導者にもわかるのである。それに対して、いわゆる英作文は何が求められているかがはっきりしない。
入試問題正解という奇妙な書籍(の一群?)がある。予備校系の出版社であれば、予備校の講師が執筆する。旺文社、ベネッセなどの出版社系でも予備校の講師、世間で有名進学校といわれる高校の教師が執筆している。毎年、入試が行われる2,3月に執筆編集が始まり、早ければ4月末、遅くても6月には書店に並ぶ。いきおい、教科書としてのクオリティーは求めにくく、資料的価値の方が高くなる。とりわけ作文の解答・解説には問題が多い。
立命館・04年の出題に対する解答例を引く。(『大学入試英語問題の研究 詳しい解説と全訳』(古藤晃監修、たちばな出版、2004年)

  • I plan to study hard at university to become a lawyer, because I want to promote justice and fight for human rights. In today's world, there are still many people whose rights are being seriously infringed or neglected. By helping those people, I hope to promote the values of democracy, the spread of which is essential for advancing world peace. (60 words)
  • I am going to vote as soon as I am eligible so that we can make Japan a better-governed nation. Those statesmen we elect will contribute not only to the situation in Japan, but also to the global political situation. Some people say that charity begins at home; by the same token, global peace begins in one's home country. (59 words)
  • I believe in the power of faith, so I pray for world peace. Unfortunately, there are limitations as to what one person can do in our complicated world nowadays. Nevertheless, if each of us prays for peace, we may then achieve our own inner peace, and in the long run, that may increase peace overall. (55 words)

これらの解答を見て、出題が何だったかわかるだろうか?
「世界平和を進めるうえで、あなた自身にできることにはどのようなものがあるでしょうか。ひとつにしぼり、何ができるか説明しなさい。」
が求められていたのである。それぞれの英文がその課題の要求を満たしているだろうか?もし、これが私の授業であったら、以下のように処理されるだろう。
まず、冒頭で主題を明示できていないものは評価が低い。さらに、「予定」「欲求」「信念」を求めているのではないから、「…ができる」と明言していないものは大幅に減点される。次に、支持文が主題文に対してどのような貢献をするかが評価の決め手であり、ただbecauseなどで節を付け加えただけでは不十分である。具体例は、何をサポートする具体例なのかが明確でなければならない。結論部分は、主題を言い換えて再強調することが望ましい。
というような観点で見ると、どれも不十分である。1例目は、「平和にとって人権が尊重されることが大きな意味を持つ」ということを冒頭で説明できていない。..., the spread of which...と関係詞の補足説明の中で最も大事な内容を示している。英語でのdiscourseがこの程度なのにもかかわらず、infringeなどという語彙を使っているあたりがあまりにも不自然。2例目は、「世界平和には政治力が不可欠」「世界を作るのは個々の国々」「だから国内の政治から」というロジックが展開できていない。not only, but alsoとか、by the same tokenとかdiscourse markersを使う前に論理展開を見直すべき。3例目は、段落の構成自体は無難だが、最後に来て mayではあまりに弱すぎる。mayということはmay notと表裏一体なのである。ここで求められているのは what you can do to promote the world peaceである。
制限字数を100語から150語くらいに設定しておけば、big wordsやクリシェにたよらず、高校生の英語力でも、英語の文章の型・構成に則った解答ができるはずである。この3例の英文と、
「私には世界平和を進める上でXXができる。XXするということは○○が△△になるということである。これこそ、平和な世界と言えるだろう。だから、私にできるXXということは世界平和に貢献することになる。」
という日本語での下書きのXX、○○、△△を英語に置き換えたものとどちらが分かりやすいだろうか?
同じ60語で英語を書かせたいのであれば、私は自由に書かせるのではなく、後者の××、○○、△△の部分のみを英語で書かせる方が相応しいと思う。
もっとも、各大学が、毎年の解答例を公表するか、毎年が無理ならTOEFL(R)のようにバンドスケールを予め公開しておけば、こんなことに悩まずに済むのである。そうなれば、『赤本』や『入試問題正解』などというジャンルの市場価値は低下するだろうから、きっと、真の意味での『教科書』や『参考書』が見直されてくるだろう、と思う…。いや、そうだと、いいなぁ…。