愛と青春の旅立ち

10月の歌を考えていて、"Up where we belong"を聴いていたのだが、前回前々回と「愛」にまつわる曲が続き、「どうせまたラブラブな曲なんでしょ?」というある生徒の声が耳に残っていたので、もう少し捻ることにした(ちなみにこの曲はリチャード・ギアの出世作である1982年のラブロマンス映画『愛と青春の旅立ち』のテーマ曲。歌うのは、Joe Cocker & Jennifer Warnesである)。
ラブソングの感想を英語で書かせると、高校生は「愛する人」というつもりで、his loverなどという表現をとかく使いがちである。the one he lovesなどという基本的な表現がまだまだ身についていない。
さて、英国の小説家Evelyn Waugh (イーヴリン・ウォー) にThe loved oneという作品がある(1948年)。舞台はハリウッドでも、華やかさではなく、その滑稽さを、葬儀産業(そもそも動物の)に携わる主人公の視点から冷徹に描くブラックユーモア(?)の怪作。1965年に映画化もされ、それなりの評判を呼んだはずだが、DVDなどは出ていない模様。高校生の時に英文解釈の参考書に、この小説の一場面が出てきて、このタイトルがものすごく印象に残っていた。邦題は『囁きの霊園』とのこと。
Waughの作品には、邦訳の未だないものが多い。Officers and gentlemen (1955)などは、『愛と青春の旅立ち』の原題、 An officer and a gentleman を見たときに、そのタイトルで「あれっ?」と思ったりするでしょう。日本でも、Waughの作品とそのタイトルが人口に膾炙していれば、『愛と…』という邦題もなかったのではないかと思うわけである。
というわけで本題。the loved oneのlovedという過去分詞(由来の形容詞)の用法はなかなかにやっかいであるということ。同様の用法は現代英語でも普通にあらわれる。
Concerned relatives, who are unable to find a missing loved one and fear the worst, should call 1-866-326-9393. Family members can call toll-free 24 hours a day, 7 days a week. This number is specifically for those concerned that a loved one may be deceased. The official government center is a joint effort by the State of Louisiana and FEMA.
( http://www.firstgov.gov/Citizen/Topics/PublicSafety/Hurricane_Katrina_Recovery.shtml )

そして、これに現在分詞(由来の形容詞)の loving などが出てくると、もう頭は混乱する。
たとえば、
Jim was a most loving husband and father.
はどんな意味を表すか?また、この文からどんなイメージを思い浮かべるか?
これは、この文を誰が言っているかによってけっこう難しい。
たとえば、葬儀委員長、妻、子どもと3つのパターンで訳出を考えると、よくわかるのではないだろうか。
こういう表現を実感として理解することを考えると、やはり和訳(あるいは注釈)は重宝するなあと思う。
loving自体は既に形容詞化の度合いが高いので辞書でも、someone who is loving feels or shows love to other people. (COBUILD 3rd) などと定義している。
さらに、現代英語では、lovingの形容詞化の度合いが高いのに対して、lovedの方は、複合語になることでより容認度が上がる扱いである。その背景を考える時、人に対して用いる場合に、やや古めかしい響きはあるが、belovedという形容詞(名詞)が存在するので、そちらの方が頻度が高いからでは?と思い、ググッてみました。案の定、
her beloved husbandは109,000件
her loved husband は 344件
というようにおそらく実際の頻度にも大きな差があると思われる。
ちなみに、her loving husbandは113,000件でした。

では、パートナーの側ではどうかな?と思い、
his beloved wifeという表現をググッた結果が、309,000件
his loved wife の結果が639件とやはり桁違いに少なく、
his loving wife は128,000件でした。

男女間の愛情表現に差異があるからなのか、単に平均寿命が違うからなのか…。
もちろん、ググッた結果が言語的事実の判定にgood enoughかどうかはまた別の問題。
過去分詞と現在分詞の識別は一筋縄ではいかない。能動と受動、完了と未完了、または推移(起動・終動)など、動詞の特性が必ずつきまとうから。

Waughの作品も翻訳している吉田健一の随筆集に、以下のような一節があった。
「外国語を習うときの態度、というのは幾つかの、或いは相当に多数の規則を先ず覚えて、それに従って言葉を組み合わせ、そうしても旨く行かない時は自分で規則を発見するというやり方であることに変わりはない。従って英語学では、規則を発見してばかりいなければならない。」(「英文学と英語学」、『英語と英国と英国人』講談社文芸文庫(1992年)収録、初出は昭和32年だから1957年)
英語学に触れたり、興味を持ったり、のめり込んだりする英語教員は規則性を発見することにこの上なく喜びを感じるものである。しかしながら、英語というゲームをプレイするプレーヤーは、自分でルールを発見しようとは思っていないだろう。ルールを踏まえた上で、そのゲームをこそ楽しむのであるから。
分類、識別、規則化・法則化で抜け落ちてしまう、英語の手触り、肌触りを感じることの重要性を先達は(その言のほとんどがシニカルに聞こえはするものの)教えてくれる。