和文英訳を考える

なかなかおもしろい仕事の依頼を受けた。某県の英作文コンテスト当日の講演。実際には、その県の高英研(高等学校英語教育研究会)の英作文を統括するセクションから、某先生へ依頼があったものなのだが、その先生が校務でどうしても出られないときに、その代打で私に出動要請がかかるというものである。
事前に、これまでの英作文コンテストの出題例、解答例・解説と講評などの資料が送られてきた。
コンテストの構成は、和文英訳部門と課題作文(題を与えての所謂自由英作文)部門とが合体したもの。兵庫県など、エッセイ課題のみのコンテストと比べると、和文英訳部門があるのが特徴。
高校1年生の部は、和文英訳も2文程度の日本文を英訳する課題。3題が、説明文、2題が対話文。
高校2年生の部は、2文程度が1題、4文程度の日本文が2題。対話文が2題。
高校3年生の部は、新聞のニュースや雑誌の記事、またはコラムのような文体の日本語で3題。対話文の内、1題が2文、1題が4文となっている。
この和文英訳部門がある限りは、上位入賞者は、いわゆる進学校の生徒が多くなることだろうと予測される。
出題例の内、気になるものがいくつかあったので紹介。
高校1年生の部
この世で最も立派なものや美しいものは、見ることも、触れることさえもできません。それは心で感じなければなりません。
解答例:
The best and most beautiful things in the world cannot be seen or even touched. They must be felt with the heart.

どうだろうか?この解答例は、出題者側が模範解答として出しているのか、それとも生徒作品の優秀なものを取り上げているのかはわからないので、それはそれとして気になることを述べる。
原文の日本語で対比されている概念のレベルがそろっていないことが一点。もう一つは、第1文と第2文の助動詞のバランスが日本文ときちんと対応していない点。
まずは最上級の部分。
The best things in the world
The most beautiful things in the world
とやってしまっては、前者は後者を包括してしまう。The best and the brightestなどのように包括的な概念ならそれでもよいだろうが、ここでは選択的な表現であるから、bestではなく、 beautifulとパラレルになりうる評価の形容詞を選ぶべきであろう。
また、知覚感覚を表す動作・動詞に関していうと、視覚のseeと触覚のtouchでどちらが対象の把握に近いのかを考えたとき、 evenが修飾するのはむしろ、seeの方ではないのか。つまり、「手で触れることはおろか、目で見ることさえも不可能」、と考えるのが自然ではないだろうか。いや、そうではない、もっと抽象的な概念を指摘しているのだとするならば、「目に映っていても、その本質を見ているとはいえず、触れて実感したつもりになってはいるものの、本質にはまだ届いていない」とでもいうようなことだろう。和文英訳の問題点は、誰が誰に何のために伝えている文なのかがわからないために、主題が今ひとつはっきりしないところである。そこをこそ、逐一補って考えることで、外国語表現に不可欠な技能が身についてくる。Wordsを置き換えるのではなく、ideaを置き換えるのだから、自分の引き出しの中に、そこから選び出すことのできる一定の英語表現が「きちんと」詰め込まれていなければならない。ここは、こういうideaなので、この表現だ、というレベルにきて始めて和文英訳は効果を発揮する。引き出しづくりのための作業としてははなはだ効率が悪い。また、「『さえ』にこだわって、逐語訳をするのは賢明とは言えない。こういう場合の『さえ』は無視しましょう。」などという指導をするくらいなら、最初から課題文の日本語を変えるべきである。
第1文は、cannot に対して、第2文は、must。もし、この英語の対比が良しとするなら、原文の日本文の第1文と第2文は、順接、因果関係にあることになる。つまり、「だから」「ゆえに」でつながれる性質のものとなるはずである。ここでは、canで統一し、それ以外の対比を際だたせる方がいいのではないだろうか。
この出題の日本文の根底にある考え方、 ideaは、
Whatever is truly beautiful or wonderful does not catch your sight or sense of touch. They only catch your heart.
とか、
You cannot always believe what you see with your eyes or touch with your hands. All you can do is directly sense it with your heart.
とでもいうようなものだと考えた方がいいのではないだろうか?

と、ここまで考えてきて、この出題は高校1年生には本当に適しているのか疑問に思った。
もう一つ、高1対話文から。
A: 久しぶり!ずいぶん変わっちゃったね。
これに対応する、Bの応答とはどんなものだろうか?予測がつくだろうか?

B: うん、ちょっと体重が減ったし、髪も以前より長いし、眼鏡をかけるようになったからね。

ちょっと待って!「ずいぶん変わった」のに、体重は、「ちょっと」減っただけ?ここでの一番の変化は何?
何を置いても、「眼鏡」が一番の変化なのでは?だったら、そこから言うのではないのだろうか?
These glasses make me look different. 
という情報を返すのが基本。
実際の会話であれば、眼鏡をかけるようになって、何が変わったのか、例えば、「目を細めたりしなくなって、表情が穏やかになったといわれる」などというようなことにつながっていくのではないだろうか?

こんなことをコンテストの講評・講演でいわなくていいように、もうすこし建設的なideaをまとめておきたいのだが、今年の出題がどうなっているのかはその日にならないと分からない。できれば、私が代打でいかなくて済むことを祈ります。
和文英訳は英語の力をつけるのに有効な手段であることは間違いない。ただ、そのやり方には注意してもしすぎることはない。