Spy with your little eye

気がつけば11月。神は現れるか。
高3では「センター試験過去問英文素材解説」を継続しています。

「物語文」などと称される近年の第5問は、適切な対価を払って、優秀なライターにコンペさせるべし。1本100万円を原稿料として払ってもいいんじゃない?

という話しを授業でしました。
「第5問の書き下ろしで百万円って、それじゃ、同じ読解なのに、第4問担当の私の作成料とあまりにも違いすぎる!」などと反発を招くこと必至でしょうが、「ナラティブ」って、時事文や解説文とは異なり、母語であれ英語であれ、読み手(解き手)が内容スキーマを既に持つことで有利になる,という要因が少なくなり、結果として「読み進めないと分からない。読み終わってもわからないこともある」という素材ですから。どこかから良さげなピースを拾ってきて加工するという第4問みたいなつくり方はできないわけです。
センター試験受験料は3教科で1万8千円。3で割れば6千円。英語は最大の受験者がいるので55万人×6千円の受験料収入の配分の問題かと。

2017年の追試で出題された第5問の素材文(とそれに付随する設問)はもう読まれたでしょうか?本試験に比べて,メディアでの取り上げられ方が少ないのは分かる気がしますが、「受験界隈」の人たちでも、「本当に英文読んでるのかしら?」というような解説や考察(?)を目にしたりするので、授業では「読解素材」として一文ずつ読み、つながりとまとまり、さらには英文としての適否なども解説しています。とはいっても、一番時間をかけるのは「語義の理解」です。

  • というのはどういうことか?

英文を読んで日本語に訳す(ここでは便宜上「和訳」と呼んでおきます)、という行為を十把一絡げにして否定したり、却下したり、忌避したり、恨んだり、呪ったりした揚げ句、内容理解を確かめる手法が、和訳に劣るのでは?という指摘をここ十数年ずっとしてきていますが、今回の出題でも同様の感想を持ちました。
公教育での英語教育でも、とりわけ高校現場、しかもここ十数年の高校現場は、「テクスト(そこで用いられていることば)」こそを,教材・学習材としてきちんと扱う、扱い直す時期にいるのだと繰り返し指摘しておきます。


今回は、逐一解説は施しませんので、手書きのコピーをお読み下さい。画像ファイルは↓アイコンをクリックするとダウンロードできます。最初の3つの段落のみ、開いたものも貼り付けておきます。語義の扱いなども、どのようにしているのか、画像を拡大して見てもらえればと思います。

第1段落


17sp_5_1.jpg 直

第2段落


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第3段落


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第4段落

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第5段落

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第6段落

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設問前半

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設問後半

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主人公としての書き手の性別が分からないまま読み進める設定の筈ですが、私のクラスの生徒のすべてが、書き手は男性,つまり父だと思って読んでいて、回想で出てくるbrotherというのも「兄弟」としか思わず、姉弟や兄妹の可能性は想定していませんでした。まあ、多くの日本の学習者はそういうものでしょう。

ただ、途中でのゲーム、I Spy With My Little Eye の説明無しで分かる受験生はどのくらいいたのでしょうか?車中にあるものは限られているので、車窓から「外が見える」ではなく、「外を見る」という主体的・積極的かつピンポイントな行為が大事なはずですが、自動車の走る速度であれば、見た時には既にその見たものは後方へと飛んでいってしまうのですから、「何を見てのお題なのか?」で正解を得るのは難しいのではないかと危惧しました。
設問への対応では,設問・選択肢で若干気になる語句がありますが、回想モードがどこまで続くのかきちんと読み進めていれば分かりますね。ただ、なまじ、最後に親となった主人公が,自分の子供たちへの願いで締めくくるがために、設問の5にある the result of the family trips の 複数形 trips を読み落とすとゲームオーバーになってしまいそうです。

4箇所ほど、「対策教材」の和訳で気になった部分があったので、それは手書きとは別に、こちらにも再録しておきます。当然、授業では、これらを吟味し講評を加え、私が適切だと思うものを指摘するか、またはそれに取って代わるものを提供しています。
教材や市販本でどのように「解説や和訳」が施されているか、追試での比較はソースが限られますが、吟味の観点はというと、

  • 1枚目は関係代名詞thatの先行詞
  • 2枚目はweが誰のことか、とimportantの語義
  • 3枚目はfamily tiesに関わる日英語表現の相違
  • 4枚目はnever had much money とa valueの後置修飾の処理

としています。

2017 追試第5問.pdf 直

「和訳」「翻訳」と考え始めると、確かに日本語表現の適否、巧拙を論じるのは難しいですが、これを見る限り、翻訳論に踏み込むまでもなく、最後の had a value ... の部分で某過去問レビューは受験生以下(?)の誤訳をしています。そして、誰もチェックしないまま市販されているようです。溜息…。

3枚目での吟味の観点で「family tiesに関わる日英語表現の相違」ということを書きましたが、日本(人(この言い方も難しいですがここでは深入りしません))の兄弟や親子で「(お互いを)愛し合う」という表現はそれほど広く用いられる表現ではないのではないか?という指摘を授業ではしています。

loveに対応する日本語表現に関連して、admiration (admire) に関しても、「(自分の親に)敬服する;敬服の念をもつ」とか「(自分の親を)敬愛する」というのは、少なくとも私の語感とはズレます、という話をしています。ということで、admiration / respect / approvalと関連語彙を調べています。そうして初めて、設問で問われているのは、本文のどの部分の理解ができていることを前提としているのか、が分かるだろうと思うのです。

設問に目を通し、該当箇所を本文に探し、その後で選択肢の方を読む、などといった「センター対策」という名ばかりの英語の学習法が広まっている一方で、その拠り所自体が痩せ細ってはいませんか?
ということで、こちらのエントリーも是非。一読とは言わず、熟読を。

「細部に宿る神」
http://tmrowing.hatenablog.com/entry/20160117

この第5問を授業で扱っている間の週末に、英授研の関西支部、秋季研究大会に参加してきましたが、高校段階の英語の授業がまあ,大変なことになっていて,いたたまれない思いでいっぱいでした。「読み」がデフォルトの教材を使うのであれば、その英文をまず教師が読み、吟味精査した上で、生徒の読みとのすり合わせを行うべきだろうと思うのです。

  • そのまま読んでも絶対面白くないから、構成を大胆に書き換える。

とか、

  • 全然別の設定での活動に移し替えて英語で意見を交換する。

とか、「もともとのテクスト」の何がよくないのか、どうすればよくなるのか、を共有しないでどうするのでしょうか。
生徒同士の意見交換にしたところで、生徒から口頭で発せられる英語を逐一教師が直しているだけで、当の直された生徒本人は、その「フィードバック」をどう処理したのかは全く分からないまま,英語が教室に活発に飛び交い、そのあと虚ろに漂い、霧散していくような印象が残る授業でした。
それでも司会者は、「こんな風に英語を使う先生を目指したい」というような意味のコメントを加えていて、「ああ、ここはもう私が来るべき、いるべきところではないな」という思いを強くして会場をあとにしました。

「テクストの軽視」は深刻な病ですよ。

本日はこの辺で。

本日のBGM: Don’t Look Now (Elvis Costello & the Imposters)