「書くこと」の指導計画の立て方(2004年版)

プロフィール欄に載せている「ニチブン」の資料の元原稿が出てきたので、12年くらい前のものになりますが、参考までにアップしておきます。古い学習指導要領に沿った記述にはなっていますが、当時 (1988年〜2004年) の私の実践を踏まえたものです。アクティブラーニングとか、ICTとか、4技能とか、今風の取って付けたような派手なバナーに躍らされないためにも、「書くこと」の指導に興味関心のある方は是非お読み下さい。


「書くこと」の指導計画

1.3つのキーワード

  外国語教育で長らく指摘されてきた、 form, meaning, use の3つのキーコンセプトに関しては多言を要しないだろう。しかしながら「書くこと」の指導を考えるときには、その前段階として次の3つの要素を満たす必要がある。(Bratcher1997)

・(Establishing) Comfort   教室で「書き手」として受けいれられているという安心感(を与える)
・(Building) Confidence   「読者」に「自分の意図が伝わった」という自信(をつけさせる)
・(Developing) Competence 「よりよい英文、分かりやすい」英文を書く力(を伸ばしていく)

これら3つの要素は、階段を上がるように順番に養成されるものではなく、「安心感があるから積極的にタスクに取り組む」、「力がついてくるから自信が深まってくる」、「自信がついてくるから、教室に居場所ができる」というように、指導の初期段階から最終段階まで3つが常に補完しあいながら高まるものであり、教室で英語により「書くこと」を成立させるためには常に考慮されるべき要素である。

2.3カ年を見通したデザインとは?〜ゴールから逆算した計画立案 (= backward designing) の視点

  中学校では、高等学校の科目『ライティング』のように、1冊の教科書が「書くこと」に特化して作られているわけではない。常に4技能の関連を考え、教科書の目次や進度表に縛られることなく、「書くこと」の発達段階を考えることが大切である。指導要領に示された「学習段階を考慮した指導上の配慮事項」を踏まえた上で、学習段階を第3学年から第1学年へと逆に眺めてみることで、到達目標へ到達する段階を概観することができる。

<表1>はこちらを。(ファイルを開く際は↓のアイコンをクリックして下さい。

表1.png 直

 このように最終目標から、その下位スキルを想定し、生徒にとってそれまでに身につけておかなければならないことを考えながら指導計画を立案していくわけである。最終目標は「英語で〜を書くことができること」というcompetence/performanceの養成ではあるが、常にcomfortとconfidenceに配慮して、指導計画を立案することを忘れてはならない。

3.「書くこと」のスキルを伸ばす3カ年の指導計画とは?

  一般には、指導要領に示された「話題」と「言語の使用場面」を照らしあわせて、コミュニケーション能力とコミュニケーション活動の見取り図を作り、具体的な指導計画に入っていくことが多い。しかしながら、下記<表2>の例を見てもわかるように、教室内での「書くこと」のコミュニケーション活動を想定した際には、ALTや留学生がいるとしてもなお、a.のように、「〜になったつもりで書きましょう」という「擬似的な場面」「擬似的な読者」を想定したものが多くなることが予想される。また、b.やc. のように「教室内」で自然な言語活動は、「なぜ日本人同士が英語で行わなければならないのか」というコミュニケーションの必然性が希薄になり、生徒は「違和感」を覚えることがある。

<表2> はこちらを。

表2.png 直

 「書くこと」をシラバスの中にしっかりと位置づけるためには、この「違和感」に対処する必要がある。教科書で扱われる「話題」を軸に、「書く活動」にかかわる種々の要因を整理しておくことが不可欠である。「書くこと」のスキルの何を伸ばすのか、をより明確にすることで、指導者も生徒も自信を持って「書くこと」に取り組むことができ、「教室内で書く」ことに対する違和感を軽減することができる。
  
  以下の6項目を関連づけることが長期的な見通しと、個々の授業でのねらいを両立させる上で有効である。

    A.他技能との関連と指導のねらい
    B.想定される読者
    C.内容と形式の自由度
    D.談話のレベルとテクストの種類
    E.メッセージの独立性
    F.指導学年とレッスン

それぞれの項目を簡単に説明する

・ 「話すこと」「聞くこと」「読むこと」といった他技能に関連した「付随的ライティング(=incidental writing) 」か最初から「書くこと」を主眼とした「意図的ライティング(=intentional writing)」か、

・ 教室内の「他の生徒や教師を読者とする」活動か、現実に「教室外の読者を想定する」活動なのか、

・ 「発話は教師がガイドして一定の内容と形式で書く(=controlled and formatted)」のか「生徒が内容や形式を主体的に選択判断して書く(=open-ended)」のか、

・ 「語、語句、文、段落」と広がる談話のレベルと、「物語(=narrative passage)」「説明・情報(=informational passage)」「主張・説得(=persuasive passage)」「創作・娯楽」=creative passage)」などといったテクストレベルでの特徴を分類する、

・ 「文字のみ、文章のみに頼る伝達・メッセージ(=story message)」なのか、それとも、映像など「視覚的なメッセージ(=visual message)」が伝達の補助手段として得られるのか、「スピーチ」「ディスカッション」など「音声によるメッセージ(=physical message)」が補助手段として得られるのか、といったメッセージの種類の分類。

上記の要因をマトリクスの形でまとめるには、以下のようなフォーマットを用いることが考えられる。

<表3>はこちらを。

表3.pdf 直

採択した教科書の各課で扱う話題を軸として、教科書で扱うものは「付随的」な活動を中心に、教科書で扱っていない話題は「意図的」な活動として新たに設定するのである。このように全体的なバランスを見通した上で、3年間でスパイラルに「書くこと」のコミュニケーション活動を取り上げ、スキルの定着を計っていくことが望ましい。同じ話題に関する「書く活動」であっても、A〜E以下の要因の組み合わせが変わることで難易度も変わることに指導者はよく留意する必要がある。学校生活を例に取れば、文化祭などの学校行事はどの学年でも行われるが、1年生で表現できる内容と3年生で表現できる内容は当然変わってくるはずだからである。

  このようなマトリクスを作ることで、同じ話題で生徒の表現が成熟していく過程を追うこともでき、学校独自の評価基準表作成にも役立つはずである(北尾・長瀬 2002)。また、一度作成した「付随的」なタスクと生徒の書いた英文を保存しておくことで、新年度、新たに採択した教科書では、「この話題が扱われていない」というときに、「意図的」活動を一から作成し直す労力を省くことができる。

4.Comfort 確立のために 〜 教室でできる「学習活動」から「コミュニケーション活動」へ

  初期の段階に限らず、意味の理解を伴った「書き取り(=dictation)」「筆写(=copying)」等を積極的に取り入れる中で、「正確な表記」の必要性を生徒に理解させながら「書くこと」の指導を進めていくことが肝要である。「書くこと」の指導に熱心な指導者ほど、学年が進行すると、「新出語彙を書くことは難しい」という認識が薄くなり、言語活動・コミュニケーション活動を発展させることにとらわれていることがある。テーマ・トピックが難しくなればなるほど、その話題でのコミュニケーション活動を支える、語彙指導・書写指導の重要性は増すのだという意識が指導者には不可欠である。

  題材・タスクの設定にあたっては「生徒間の擬似コミュニケーション的なライティング活動」を積極的に活用することが肝要である。

・ ペアワークの後に行うreportingの際に、完全な文ではなくメモだけを書かせる、といったincidental writing意図的に組み込む

・ 生徒が自分の感想を書き、次の生徒はそれに続いて内容を自分で考えながら文を書き加えていくチェーン・ライティング

・ 他の生徒の書いた英文に対してコメントや質問を書き加えていくピア・フィードバック

などを取り入れることで、クラスを「書くための共同体 (= writing community; writers community)」として確立することがより高度な「書く活動」を支える基盤となるのである。いったん、共同体としてクラスが機能し出せば、生徒同士の一見擬似的な活動がすべてauthenticな意味を持ってくる。また、共同体としてクラスが機能していれば、教室内でのみライティング活動を課す必然性は薄まり、プロジェクトワークや卒業文集作りなど、結果として柔軟な指導計画につながり、comfortの確立にも寄与することになる。

  近年e-mailの利用など、現実の読者を想定するタスクの重要性が指摘されている。コミュニケーション能力を養成しなければならないという目的と一見矛盾するようだが、authenticなタスクのみを行うことにとらわれないことが「書くこと」の指導を現実的なものにする。インターネットやe-mailを使わなければできない活動を行う場合には、「1教室で全ての生徒にリアルタイムでそのコミュニケーション活動を行う機会を保証できるか?」、「全クラスに機会を公平に保証できるか?」というマネジメントの問題が生じてくる。1学年のクラス数の多い大規模校では、物理的に難しい状況が予想される。  

  指導計画にあたっては、「教室でできること」の優先順位を考慮し、

・write to learnの活動(学習活動)→copying/dictationなど、言語材料の理解と記憶のための活動
・learn to writeの活動(コミュニケーション活動)→ライティングスキル獲得のための活動

の双方を有機的に結びつけることが大切である。その上で、「日々教室で取り組むことのできるコミュニケーション活動」と「特別な機会に行うコミュニケーション活動」を区別してバラエティーを持たせるのである。

5.Confidence 養成のために 〜 appropriateness(適切さ)を考慮して

  文字指導から考えていかなければならない中学校段階ではeffective(効果的)であることだけではなく、 appropriate(適切)であることに配慮することが大切である。

  指導の初期段階でまだ competenceが充分でない生徒に、書くことに対する自信をつけさせるのにもっとも重要なのが、「書く過程への指導」である。「過程」という言葉で、安易にプロセスライティングという用語を思い起こすことには慎重でなければならない。ライティングのプロセスは書き手の数だけあるといってよいのであり、「優れた書き手」が用いているプロセスをそのまま「より劣る書き手」に強要しても上手くいかないことが多い。ライティング力があまり高くなく、自信のない書き手にとっては、いくら指導者の側から見てEffectiveな手法であっても、生徒自身にとってappropriateでなければ受け入れにくいのである。この部分を見極めるためにこそ、タスクを細分化したライティング活動が必要となる。上位者の持つストラテジーを下位者に取り込ませるのではなく、ある目的に必要なライティングのプロセスにおいて、実際の生徒の取り組みで、何が上手くいって、何で躓いたり戸惑ったりしているのかを教師がモニターできるように、個々のタスクを設定することが重要となってくる。

  テーマ・トピックに関連する語彙の分類、価値判断を伴う文の順位付け、原因を表す文と結果を表す文をつなぐマッチングなど、意味解釈は生徒に任されているが、言語材料や形式は教師から与えられているという下位タスクを豊富に準備しておくことが必要になってくる。
  
6. CompetenceとPerformance

  旧来の和文英訳に代わる「書くこと」の指導としては、自己表現や自由英作文が広く取り入れられているが、「書くこと」のコミュニケーション活動を考える場合には、この二つにとらわれすぎないことが大切である。自己表現や自由英作文に偏ってしまう弊害として顕著なのは以下の2点である。

・ 第1学年では、簡単な「語」「語句」「文」レベルの活動に終わってしまい、「談話レベル」の活動が指導されないまま学年が進行してしまう。
・ 第3学年になり「談話レベル」の指導にとらわれるあまり、正確に語句を綴ったり、1文を正確に書く活動がおろそかになったりする。

<表3>で概観したように、3カ年を見通し、教材やシラバスに「書くこと」をしっかりと位置づけながら、生徒が書く英文の「質」を高める指導を行うには、

1.低学年であっても「ディスコースレベル(文と文のつながり、段落のまとまり)でのcontrolled な活動」を用意しておく

→「書く過程」に対して、アイディアジェネレーションの段階から語彙を与えつつ口頭練習を充分に行い、言語材料や表現形式を「準備」し「誘導」した上で最終的に生徒が自由に書く部分は少ないながらも、より大きなdiscourse levelで、より多様なtext typeを扱えるようにする。またGrammar Dictationなどまとまった長さの英文を書き取る活動を通して文と文のつながり、まとまりに習熟させる。 

2. 上級学年であっても「文より小さいレベルでの open-endedな活動」を用意しておく

→チャンクやコロケーションを積極的に活用し、生徒が書く英語は語や語句、1文のレベルにとどまるとしても、open-endedで生徒が主体的に判断して書けるように、より自由度が高くなるようにタスクを設定する。

という2つの視点をもつことが望ましい。これにより、聞くこと、読むことといった他技能との関連を踏まえて自信を持って書くことに取り組む下地を作ることができ、文構造や情報構造などより高次の指導を行うことが容易となる。

7.incidental writingを意図的に活用する

  内容の適切さ、目的に応じた表現ができるようになるためには、「いい英文」のモデルを生徒が自分のものとして吸収している、身につけていることが不可欠である。そのためには、「読むこと」「聞くこと」での良質で適切なインプットが欠かせない。概要を理解することにとどまらずに、「書くこと」に活用できるように読ませたり、聞かせたりする工夫が必要である。このような視点で設定されたタスクに取り組む生徒は「読むこと」「聞くこと」の活動に取り組んでいるという意識しかないかもしれないが、それが生徒の「書くこと」への心理的な負担を軽減することにもつながる。また、聞き取った内容に関する英問英答など「言える」語句や英文を書けるようにする地道な指導も欠かすことはできない。音読指導で用いられるRead and look-up をさらに Look up and write / Flip and Writeにまで発展させれば、無味乾燥な丸暗記ではない bottom-upの活動となる。「書くこと」以外の技能から「書くこと」へとつなげることだけを考えるのではなく、「書くこと」を適宜取り入れることで、他の技能が円滑に行われることで生徒は自信を深め、その自信が「書くこと」にも積極的に取り組もうという更なる意欲を与えてくれる。Incidental writingの有効性とその限界を認識した上で、指導者も自信をもって「書くこと」をシラバスに位置づけていくことが、「書く共同体」でのComfort, Confidence and Competenceを高めていくということを再度強調しておきたい。
  
参考文献

1.北尾倫彦、長瀬荘一編集『観点別学習状況の新評価規準表』図書文化、2002
2.次重寛禧編著『コミュニケーションを目指した英語の学習と指導』鷹書房弓プレス、2001
3.田中正道編『英語の使用場面と働きを重視した言語活動―指導と評価の実際―』教育出版、2000
4.平田和人著『新中学校教育課程講座<外国語>』ぎょうせい、1999
5.米山朝二著『英語教育指導法事典』研究社、2003年
6.Bratcher, S. 1997, The Learning-To-Write Process In Elementary Classrooms. Mahwah, New Jersey: Lawrence Erlbaum Associates, Publishers
7.Brooks, A., Grundy, P. 1998, Beginning to Write, Writing Activities For Elementary And Intermediate Learners. Cambridge: Cambridge University Press
8.Graves, K. 2000, Designing Language Courses, A Guide For Teachers. Boston: Heinle & Heinle
9.Scott, V.M. 1996, Rethinking Foreign Writing Language Writing. Boston: Heinle & Heinle
10.Ruth, W., 1990, Grammar dictation. Hong Kong: Oxford University Press


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