an encouraging picture of what it will look like

昨年の12月にスペインのバルセロナで行われた、フィギュアスケートのグランプリファイナル。
フィギュアスケート(ジャッジ)界の大御所、ソニア・ビアンケッティさんが、ご自身のサイトでレビューを書いていらっしゃいました。とっても詳しく、例によってご贔屓に「篤い」のですが、多くの人にシェアして欲しいと思い、久々にメールを認め、このブログで日本語訳をする許可を求めたところ、「どうぞご自由に」と快諾していただけたので、拙訳を載せておきます。

因みに、以前、ソニアさんからの手紙を公開した過去ログはこちら。もう5年以上前になりますね。

「胸に突き刺さるなら路線は不問。ただ、鋭さは不可欠」
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090402

今回、私信ではありますが、ソニアさんからの返信には、併せて、羽生選手の中国杯での衝突から全日本後の手術と静養に関して心配されている、とあったことをお知らせしておきます。また、町田選手の引退にも触れ「町田選手は大好きでした。こんなに若い引退はフィギュアスケートという競技にとって大きな損失です。」とのことでした。
和訳は、日本語だけを読んでも分かるように、原文の意味順は尊重しつつ、意訳し、一文の単位にはこだわらずに処理をしています。私もペア以外はジュニアもシニアも同じ演技を全て見ているので、形容詞の訳出は言葉数を増やしたり、反意語を否定したりして、その描写が少しでも伝わることを意図しています。誤訳・不備があれば、それは私の未熟さ故のことですから、メールなどでお知らせ下さい。誠意を持って対処したいと思います。
では、原文のリンクがこちら。

http://www.soniabianchetti.com/writings_grandprix2014.html

拙訳はこちらから。

2014年グランプリファイナル観戦記 ソニア・ビアンケッティ 2014年12月
今年のグランプリファイナルは、スペインのバルセロナにて12月10日から14日まで開催されました。これまでにファイナルへと足を運んだことはなくて、バルセロナにも行ったことはありませんでしたが、それはそれは、素晴らしい1週間となりました。バルセロナは素晴らしい街でスペインの方たちはとってもオープンで、活気に満ちています。

ジュニア競技もシニア競技も共に見て楽しく、傑出した演技も幾つかありました。個人的には、ジュニア競技が一番面白かったと思います。というのも、これから先の数年間で、このフィギュアスケートという競技が一体どうなっていくのか、期待を抱かせるようなイメージが持てたからです。

一観客として言わせてもらえば、ファイナルのいいところは、どの種目も世界のトップ6人(組)だけが滑ることを許されている、ということです。それが一番の魅力で、観客をその気にさせるのです。
とはいえ、ISUの規則を再考すべき余地はあります。

目下、各国からの出場選手数に制限はありません。ジュニアでは、出場枠のうち半分をロシアが占めました。女子シングル2人(※訳者注:実際にはロシアの女子シングル代表は、メドベーデワ、サハノヴィッチ、ソツコワの3名なので、ソニアさんの数え間違いでは?)、ペアに4組、ダンスに4組、男子シングルは1人だけでしたが。他の欧州の国の代表はゼロ。アジアは7枠獲得していました。うち5枠が日本。カナダが4枠で、米国が獲得したのはペアだけでした。

シニア競技も殆ど同じ感想となります。ロシアが独占したも同然で、女子シングルに4人、男子シングルに2人、ペアが2組にダンスが1組で、合計9枠。ロシア以外の欧州の国の代表は僅か2カ国、男子シングルのスペイン、ダンスのフランスとなっていました。アジアは6枠で、日本からは男子シングルに3人、中国からはペアに3組。カナダはペアとダンスが1組、アメリカは女子シングルが2人で、ダンスが2組。(※訳者注:ここでの女子シングル2人というのは棄権することを余儀なくされたグレイシー・ゴールド選手を含めてということだと思われます。)

このような欧州と北米の凋落ぶりが不安の種です。

確かに、出場選手たちは(GPシリーズを経て)権利を獲得したわけですから、皆十分メダルに値する人たちです。選手や各国の連盟は、ただただその偉業を祝福するだけのことです。しかしながら、その一方で、出場選手が特定の国に偏ることは競技そのものの訴求力を低下させます。種目によっては、ロシアや日本の「国内選手権」であるかのように映るからです。これは、競技自体の行く末にも、TV放映の今後にも影を差します。

私に意見を言わせてもらえるなら、同一国からのファイナル出場は2人(2組)までとしたらどうでしょう。そうすれば、より多くの加盟国からの出場が可能となります。どの競技スポーツであれ、2,3カ国が独占していては、見る人の興味は失われるものです。競技としての「売り」が弱まるだけでなく、選手にとっても「この先続けていても出場できる見込みがないから…」と意欲を挫くことにもなります。解決策は二つあるでしょう。一つは、出場権を得た選手のうち誰を選ぶかをその選手の加盟国(の連盟)に委ねること、もう一つは、GPシリーズの各大会に出場する選手の数を、各加盟国(の連盟)が制限することです。

ジュニアファイナル全体としては、とても面白い競技会でした。全部で12のメダルのうち、8個をロシアが獲得。内訳は女子シングル2、ダンスが3,ペアが2,男子シングルが1.(残りのメダルのうち)2つが日本へ、1つがカナダへと渡りました。

とりわけ素晴らしさを実感したのは女子シングル。SPもフリーも滑りの質の良さに驚きました。些細なミスがほんのちょっとあっただけ。本当に才能溢れる女の子たちを見てそれはもう眼福でした。

男子シングルでは、日本の宇野昌磨選手が、技術面でも、芸術面でもともに、傑出した演技を披露してくれました。宇野選手は、4T1つと7つのトリプルを成功させ、しかもその全てが最上級の質の高さでした。しかしながら、それよりも私の印象に強く残ったのは、深いエッジで、長いストロークを滑る彼の滑りと柔軟性です。とても才能に恵まれた若いスケーターで、将来性も抜群です。


シニア競技では、会場は熱心で心暖かいファンで埋め尽くされていました。ロシアが4つのメダル、米国とカナダが2つずつ、中国、日本、フランス、スペインがそれぞれ1つを獲得。

ペアの金メダルはカナダのデュアメル&ラドフォード組へ。(英国のロックバンド)Museのメドレーに乗せて滑った彼らの演技は素晴らしいものでした。抜群の4回転スローサルコウにスロートリプルルッツ、美しく独創的なリフトが、サイドバイサイドの3Lzジャンプ、3T2T2Tの3連続ジャンプに難度の高いリフトやスピンに花を添えました。二人の滑りは優雅で、ぴったりと調和していて、とても心に迫るものです。

銀メダルはロシアのストルボア&クリモフ組、世界選手権、ソチ五輪の銀メダリストの手に。
曲は『ノートルダム・ド・パリ』。ミスがなく、観客を引き込むような演技で、彼らがこの美しい曲を自分たちのものにしていることを遺憾なく発揮していました。演技の見どころは、成功したツイストとスロージャンプ、独創的なリフト、美しいステップシークエンスとスピンです。

フリーでは5位に甘んじはしましたが、銅メダルを手にしたのは、スイ&ハン組。チャイコフスキーの『フランチェスカ・ダ・リミニ』で滑る彼らのプログラムには、4回転ツイストリフトなど高難度の要素が含まれていましたが、芸術面で言うと物足りないものでした。音楽には合っているものの、情感を伝えるまでには至っていません。


女子シングルはとても魅力的なものでした。米国のグレイシー・ゴールド選手が負傷により棄権せざるを得なかったのは残念でした。グレイシー、早くよくなって下さいね。

ロシアのトゥクタミシェワ選手が金メダル。ショートもフリーも一位での優勝でした。オリエンタルな楽曲(the REG Projectの Batwannis Beek / La Biondaの Sandstorm)に合わせて、ミスといえるミスのない演技でスピードも十分、優雅さを備えていました。彼女は、3T3Tのコンビネーションジャンプを含む7種類の3回転ジャンプを決めています。彼女はジャンプの技術に優れているだけではなく、スピンとステップシークエンスも美しい選手です。2本ともに、音楽に調和した滑りで、曲の解釈も表現も見事でした。本当に美しき若き女王です。

銀メダルは、世界ジュニア二連覇中のラジオノワ選手、15歳が獲得。曲は、ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第三番』と『悲しみの三重奏曲』。難度の高いミスのない演技でした。オープニングの3Lz3Tのコンボから、完璧な3回転とコンボの連続で、素晴らしいレイバックスピンでフィニッシュ。彼女の演技は確かに良く滑れていて、ミスはなかったのですが、曲を体現する情感のようなものを欠いていたように思います。腕の使い方はただ振り付けました、という感じがして、全く音楽に合っていませんでした。ただ、このマイナス面は演技構成点には全く反映されていなかったのですけれど。

米国のワグナー選手は、ショートの6位から、3位に順位を上げてフィニッシュ。『ムーランルージュ』のサントラに合わせて、大きな綻びのない演技で、良く滑れていました。3回転が3つ、ダブルアクセルと二つのコンビネーションジャンプ、内1つは3F3Tでした。アシュリーは氷上の美女。とても優美で、大人の女性を感じさせ、動きに表情があり、魅力的で、見ていてとても心地よいのです。惜しむらくは、これらの美点が正当に評価されていなかったこと。演技構成点では、例えば、二位のラジオノワ選手と比べれば、点数が低すぎだと思います。(※訳者注:「もっと高得点でしかるべき」と言いたいのだと思います)



アイスダンスも美の競演を楽しみました。

ヴィヴァルディ作曲、リヒター編曲による『四季』で踊った、世界選手権銀メダリスト、カナダのウィーヴァー&ポジェ組が一位。彼らのスケーティングはとても美しく魅力的で、フットワークは緻密でいて隅々まで気を配られ、リフトは独創的で鮮やかでした。

二位につけた、米国のチョック&ベイツ組が届けてくれた、力強く、艶やかな演技でガーシュインの『巴里のアメリカ人』は、観客に大変好評でした。

2013年の世界ジュニア銀メダリスト、フランスのパパダキス&シゼロン組が銅メダル獲得。モーツアルトのピアノ協奏曲23番から『アダージョ』を滑りました。このカップルがメダリスト候補とまで下馬評が高まったのは、上海での中国杯とボルドーでのエリック・ボンパール杯での勝利によるものです。
彼らは、信じられないほど長いストロークで深く倒したエッジワークを披露してくれました。彼らはこの楽曲を完全に自分のものにしていて、まるでお互いの情緒が一つに溶け合ったかのような身体操作でそれを表現してくれました。FDには複雑なステップシークエンスと独創的なリフトとスピンがありました。私が特に高く評価したのは、彼らの音楽性と流麗なスケーティングで、品格の高さが感じられました。


そして男子シングルは、いつものことながら、大変刺激的で驚きに満ちたものでした。
ソチ五輪王者、日本の羽生選手は、ショートもフリーも一位。4回転サルコウと4回転トゥループを成功させました。3回転ジャンプも7つ入っていて、そのうち1つは行う人の少ないトリプルアクセル・ハーフループ・トリプルサルコウのコンビネーションでした。スピンが美しいのは御存知の通り。

唯一のミスは、終盤でのトリプルルッツでの転倒でした。彼のジャンプは技術的に最高水準のもので、テイクオフから着氷まで何の力みもなく行われます。印象的といえば、ステップシークエンスも同じです。その中でも、彼のコレオシークエンスでの独創的で美しい所作は特筆すべきでしょう。
『オペラ座の怪人』の壮大な音楽に合わせた滑りの中で、スピードと体のキレと優雅さとを融合する羽生選手は無双と言えます。スケーティングはとても柔らかく優雅でいて、情熱に満ちています。まさに天賦の才です。

スペインのフェルナンデス選手はショートの5位から2位へと順位を上げフィニッシュ。恐らくは、自国開催でスペイン国民の前での初お目見えに、他人にはわからないくらい、プレッシャーを感じ、感極まっていたのだと思います。彼はショートでは全く自分の演技が出来ませんでした。

幸い、彼はSP失敗のショックから立ち直ることが出来、フリーでは素晴らしく美しい演技を見せてくれました。ロッシーニの『セビリアの理髪師』を使ったフリープログラムのオープニングは、高い4回転トゥループ、続いて4回転サルコウ・3回転トゥループのコンボ、特大のトリプルアクセルにもう一つ加えた単独の4回転サルコウは着氷が乱れましたが、3回転ジャンプもその他に3つ。美しいスピンに抜群のステップシークエンス。彼のスケーティング技術は素晴らしく、ジャンプの高さと幅は信じられない程です。

でも、私にとって、それよりも印象に残るのは彼の滑りです。彼が滑るとき、彼は本当に滑るのが楽しそうなのです。それが見ている者の心に届き、観客は 彼への感謝をスタンディングオベーションで表します。彼は自分の滑りの中で音楽を体現しているのです。彼の滑りは技術と芸術の完全なる融合で、それこそがこのフィギュアスケートという競技を唯一無二のものしてくれているのですが、不幸なことに、今ではそれが殆ど見られなくなっています。スペイン(人)は彼が国内王者で本当に良かったと胸を張っていいのですし、フェルナンデス選手は自国のファンと祖国を誇っていいのです。

ロシアのヴォロノフ選手は銅メダリストになりました。曲目は、(ジェームズ・ブラウンの)This is a Man’s Worldと(ビートルズの)Come Together。(オープニングの)4回転トゥループは着氷が乱れましたが、残りの3回転ジャンプ7つは決めました。見方によっては、上半身の使い方が少々堅く、あまり魅力的ではないとか、オーディエンスに訴えかけるというよりは独りで滑っているようだ、と映るかもしれませんが、全体を通してみれば、良いプログラムでした。


さあ、GPFも終わりました。フィギュアスケートがまた私に喜びを与えてくれて、こんなにも多くの素晴らしき仲間たちと出会うことが出来、この「熱」を共に分かち合うことが出来たことを嬉しく思います。
スペインの連盟が、こんなに意義深いイベントを組織し成功を収めたことを祝福させて下さい。皆さんにメリークリスマス、そして良いお年を。

© 2014 www.soniabianchetti.com
Last updated: December 16, 2014
Translated by @tmrowing

ソニアさんは、Artistry とSkillsの融合・調和がとにかく最重要、というような見方をしますから、町田選手のGPFでの不振、そして引退を残念がっているのもよくわかります。今回も、パパ&シゼを絶賛しているのが印象的でしたし、羽生選手とフェルナンデス選手の演技を評する言葉は、未だ語彙が足りないかというくらい、語り尽くせぬ「愛」を感じました。採点競技の宿命で、透明で万人を納得させる、誰からも苦情の来ない採点方法はありません。ただ、長らく競技審判として氷上の選手たちの「表情」を見続けてきたソニアさんの「目利き」には学ぶことがまだまだあると感じています。今回も、訳出にあたって幾つか演技を見直しましたが、やはりいい演技はいいんですよね。眼福。ありがとうございます。

さて、
ソニアさんにはダメ出しされまくったラジオノワ選手ですが、その後、ロシア選手権では、SP、フリーとも、ほぼ完璧な、気持ちの入った演技で初優勝。ユーロ選手権の代表が(ほぼ)決まっています。
そして、2015年1月6日(日本では1月7日?)に晴れて16歳となり、世界選手権にも五輪にも出る資格を得ました。(といっても五輪は2018年まで来ないのですが…)

私にとってのフィギュアスケートの未来、エレーナ・ラジオノワ選手にこの曲を捧げます。

本日のBGM: Sweet 16(佐野元春)


※ 2015年1月10日 追記
"I liked him very much, and it is a big loss for our sport that he stopped skating so young." と仰っていたソニアさんの町田選手評をシェアしたいとお願いしたら、こちらも快諾していただけたのでこちらに追加します。町田選手の引退が本当に残念、というのは私もソニアさんと同意見です。とはいえ、non-native speakers of English の使う英語の教材だと思って、この「町田評」を読んでみるのもまた愉しからずや。

As to Tatsuki Machida, what I liked was his way of skating on good deep edges, the way he moved on the ice with the whole body, the way he was expressing and interpreting the music, with the jumps and the spins perfectly fitting to it. In my opinion, he had all what is needed in figure skating to be a technically good athlete and at the same time an artistic skater, which we seldom see in these days.

He was really a young very promising boy with a brilliant future in front of him. It is really sad that he suddenly decided to quit.