最適解

正業の英語授業では、当然の如くタイムリーなソチ五輪ネタを扱っています。

高1では、個人戦で棄権したプルシェンコ選手の腰に手をやる仕草をUSA Today にあった写真で見せ、

  • When his name was called, Plushenko came onto the ice slowly, his hands on the small of his balky back. He waved to the home crowd and then skated slowly to the referee.

という英文中の “small” を確認しつつ、身体操作の表現に慣れてもらう目論見。

先週の授業では、所謂「分詞構文」で、付帯状況のwith を扱ったところだったので、関連して、審判のテクニカルハンドブックから、技術要素の定義を拝借して、

SPINS
Positions.There are 3 basic positions: camel (free leg backwards with the knee higher than the hip level, however Layback, Biellmann and similar variations are still considered as upright), sit (the upper part of the skating leg at least parallel to the ice), upright (any position with skating leg extended or slightly bent, which is not a camel position) and non-basic positions (all other positions formerly called as intermediate positions).

などという記述を読み、

付帯状況といっても受験で頻出とされているのは、「目を閉じたまま」、「腕を組んだまま」、「足を組んだまま」というように限られた用例ばかり。それが本当に自分の身体感覚で身についている「ことば」だったら、ここにあげたような表現でも自分の頭に絵が浮かぶだろうし、自分の身体でも感じられるはず。

と説いてから、 “a shoot the duck” の説明へ。

  • 基本の身体表現ができていないのに、付帯状況だけがわかる、ということはありませんよ。

という話し。この「技」は、浅田真央選手がソチ五輪のエキシビションで披露してくれていたので、その技が来たところで反応しなさい、と指示しておきました。

浅田選手のSP後に、ツイッターで世界に拡散した励ましの「呟き」の呼びかけからもいくつか拾って紹介。TLではどんどんと流れていってしまうけれども、検索窓とか、ハッシュタグを活用すれば、自分の興味関心を持った「トピック」で用いられる、基本的な語彙・表現を後からでも拾い出せる、ということは教えておきました。

そして、ソトニコワ選手やその他のロシア選手のインスタグラムに吐かれた「毒」についても。
今を生きる高校生が弁えておかなければならない重要なライフマネジメントスキルだと思うので、敢えて、口にするのも憚られる言葉を切り出し、解説を加えました。

演技そのものを報じる、または選手の談話を伝える記事からも幾つか紹介しています。
今回、英語で読める記事で目についた、またインタビューの動画などで耳についたキーワードとでも言える語が、

  • redemption

でした。この語が使われる背景を説明し、今回の選手でいうと、どの選手に当て嵌まるか、記事を読みながら考えてもらい、その後に解説。高1には少し難しい語だとは思いましたが、では、定義し直したり、パラフレーズして「実感」が伴うか?そこが考え所でしょう。

私の心に残ったフレーズは、米国のグレイシー・ゴールド選手が、彼女のコーチ、名伯楽フランク・キャロルの教えを語った場面でした。
(http://web.icenetwork.com/news/2014/02/19/67967054/kim-tiptoes-ahead-of-sotnikova-kostner-in-short)

Although it was not performed nearly as well as she had done at the U.S. championships, Gold followed the dogma instilled in her the past few months by her coach, Frank Carroll. He has been trying to convince the star skater that she does not have to be perfect to be the best. She could make mistakes but not let them ruin the entire program.

私は、このキャロルコーチの教えを語るGGを全米選手権後のインタビューか何かで、この記事を読む以前に聞いていたと思うのですが、私の頭の中では、

  • You don’t have to be perfect to be the champion. Everyone makes mistakes, but don’t let those mistakes ruin the whole program.

というフレーズで覚えていたので、記事と比べてみて、

私が覚えていた言葉づかいとは若干異なっているけれども、言葉の対比や論理の流れ、主題・メッセージは同じでしたね。キャロル翁が言っていたのは、こんな内容だったけど、本当はどんな言葉づかいで言っていたのか、を確かめたいときにも、キーワードを使った検索エンジンの利用が有効なことがある。

と伝えておきました。実際になんて言っていたのか気にはなりますが、そんなことよりも、このキャロル翁の教えの方が大事。

  • 一つのミスで全体を台無しにしてしまわないこと。失敗・過失に自分を支配させないこと。

今回のフィギュアの試合を見て私が感じたことを、的確に表してくれていたキャロル翁に心から感謝です。「鼻血」の件では感情的になって済みませんでした。

さて、
観戦記はもうお終いにするつもりだったのですが、「採点疑惑」だ、「署名集め」だと、喧騒が続いているようで、もう少しお付き合いを。

元メダリストや選手、また元審判の方などが、「プログラムコンポーネンツ(=PCS;演技構成点)で今シーズン、◯◯点しか出ていないのに、五輪で得点がいきなり上がるのはおかしい」と、疑義・異議を唱えていますが、ミスの連続した演技に与えられる演技構成点と、自己ベストといえる演技に与えられる演技構成点では、大きな差があって当然だろうと思います。さらには、観点別印象評価であって、特定の個人同士をマッチアップして比較するのではありませんから、
左:ソトニコワ、中:キム・ヨナ (バンクーバー五輪時)右:コストナー(バンクーバー五輪時)で示します。

skating skills   9.18, 9.21 (9.05), 9.14 (7.55)
Transition等   8.96, 8.96 (8.60), 8.71 (6.95)
Performance   9.43, 9.43 (9.15), 9.43 (6.70)
Choreo/Compo  9.50, 9.39 (8.95), 9.21 (7.30)
Interpretation   9.43, 9.57 (9.10), 9.60 (7.15)

キム・ヨナ選手は圧巻圧勝だったバンクーバの時と比べても遥かにPCSは上がっていることに注目です。素人目にも、skating skillsは4年前の方が精度が高かったと思うのではないでしょうか?体力的にも余裕のあった前回五輪の方が、transitionも生き生きと彩りがあったでしょう。にもかかわらず、今回の方が点数が高いのです。

今回銅メダリストとなったコストナー選手。バンクーバーのフリーでは壊滅的な演技だった彼女のPCSは見るも無残なスコアです。(この時の映像は、今回のソチ五輪のP&GのCMで使われていました。まさに、転んでもただでは起きないのですね。)
失敗が目立つと、PCSで伸びないのは当然でしょう。では、コストナー選手のskating skillsは4年前は恐ろしく拙かったのでしょうか?
そうは思えません。あくまでも、その演技に対しての評価を数値化しているわけですから。彼女は、その後、「ミスのない良い演技」に加えて「難易度を考慮したバランスの良いエレメンツ」を演じきることで、skating skillsや他のPCSを伸ばしてきたと言えるでしょう。
確かに、いかに「基礎点」の高いプログラムであろうと、シーズンの前半でエレメンツの失敗が続けば、TESは低くなり、その演技に与えられるPCSの得点も低いという印象が残っていてもしかたありません。

ソトニコワ選手の例で言えば、12歳でロシア女王に輝き、ジュニアのタイトルを総なめにしていました。あのトクタミシェワ選手でさえ勝つことが適わなかった栄光のジュニア時代からシニアカテゴリーへの移行で、身長の変化など大いに苦しみ、悩んだ2シーズンを過ごし、今シーズンようやく、フィットしてきたばかりです。それでも、試合となればSP、LPと二本揃えることが難しく、GPシリーズも過去の大会の最終的なスコアはあまり高くありませんでした。
私は、博多のGPFの公式練習でその滑り、ジャンプの高さ、スピン、スパイラルなどの身体操作を目の当たりにして、彼女への評価を改めました。それが12月初旬のことです。
12月末のロシア選手権のジャッジスコアはオープンになっていないようなので、直近の仕上がり具合はユーロ選手権を見るしかないのですが、演技での失敗要素とジャッジスコアを見比べた時に、

  • ああ、このフリーの演技は滑りきれば140点台に載せようという戦略のTESだな。

と思っていました。そして、そこからさらに細かな修正で加点を狙っての初出場、ソチ五輪です。GPFでも、ロシア選手権でも挑戦してきた、オープニングのコンボの3Lz+3Loを、3Lz+3Tに変えてきました。
俗な言い方を許してもらえれば、2ndの3Loを認定させ、スルツカヤに並ぶことよりも、スルツカヤを越えて金メダルを盗ることを狙った野心的な選択、そして戦略だったと言えるでしょう。

フリー後の記者会見では、ソトニコワ選手の今回の振り付けを担当した、Peter Tchernyshev氏が、どのようにシーズン中にPCSのスコアアップを狙って演技を改善してきたかを語っていたといいます。
こちらの「呟き」

https://twitter.com/icenetwork/status/436808765279444992

では写真だけなのですが、この会見の内容が知りたいところです。日韓欧米のメディアは取材して報道してはいないのでしょうか?
今のところ、英語で読める記事では、カナダのCBC系でのこの記事での彼のコメントが一番長いものでしょうか。それでも、詳しいことは分かりません。

http://olympics.cbc.ca/news/article/article=kurt-browning-others-question-adelina-sotnikova-gold-figure-skating.html

"The fact that Adelina improved her component scores so dramatically over this season proves that she has advanced at really, really high speed. Judges appreciated the progress and rewarded her with great marks," the Russian team's choreographer, Peter Tchernyshev, who represented the United States at the 2002 Olympics, told reporters.

"We played by the rules that this game is offering us...we are focused on following the rules and doing the best.

"It is difficult to find an ideal system that will work for everyone. This is not track and field because when you run faster, everyone can see things clearly.

"Here everything is very subjective, yet this sport is surviving for so many years because people realise it is very athletic.

"Not everyone is sharing the taste. Somebody likes more athletic, somebody else likes more balletic figure skating, who's right or who is wrong?"

コストナー選手は、バンクーバーの後、2012年に悲願の世界チャンピオン。同年の世選にはキム・ヨナ選手は出ていません。その翌年の世選ではキム・ヨナが優勝。そのあたりの二人の得点の推移はどうだったのかは、大会毎のジャッジスコアを見て下さい。PCSはそれぞれの大会の、それぞれの演目について与えられていることがわかるでしょう。
審判の立場から考えても、シーズン中に何回も見たプログラムと、2年振りに目にする選手の新しいプログラムとを公平に評価するというのは難しいだろう、とは思います。

五輪は4年に一回です。この採点方法にも改善すべき点は多々あるでしょう。それはそれで議論し、実行に移すべきです。このブログでもメールを紹介した (http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20090402 ) ことのあるソニア・ビアンケッティさんは、かねてより、この採点方法に批判的で、今回の女子シングルのPCSに関しても、激怒しているようです。

http://www.soniabianchetti.com/writings_sochi2014.html

私も、この採点方法には異論が多々あります。しかしながら、それと並行して、この採点方法で勝っているパトリック・チャン選手になぜ、あれほどまでに高い点数がつくのかを探ってきました。チャン選手は、TESでも加点が得られ、PCSでも高い評価を受けられるよう、最適の対応をし、自分の技術を磨いてきたのです。その一歩先へと進んだのが、羽生選手だと思っています。

TESもPCSも現行のシステムに則って採点が行われているのに、旧式の6.0での採点基準、またはその時の自分の「良いスケート」の物差しを、PCSに当て嵌め、その順位を、演技全体の順位としてより重視してしまうような「異論」「批判」には与したくありません。

  • 自分が推す選手が勝ったときは公正に判定され、それ以外の選手が勝ったときは不正が行われていた。

と取られかねないような批判は慎むべきでしょう。
私は、バンクーバーのキム・ヨナ選手は勝つべく準備し、正当に勝ったと信じているし、今回のソチでは、ソトニコワ選手とそのチーム、そしてロシアという国が、周到に準備し、戦略を練り、勝利を手にしたのだと思っています。

本日のBGM: Eat that question (Frank Zappa)