前提と焦点

tmrowing2013-03-29

桜が例年以上に早く咲き揃い、すっかり春。
入学式はおろか、「お花見」をする前に、散ってしまいそうな気がします。
課外講座も終了、年度末の勤務を無事終えました。
新高2は、「意味の処理と目標言語での保持」の入り口で終了。新年度にフォローします。資料はこちらから↓。

2013_kagai_03_28.pdf 直

雑談で、「お受験文化」の話しを少ししたのですが、彼らに伝えたのは、

  • 有名大学に合格することよりも、自分の学びに不当にコンプレックスを持たずに、高校を卒業することの方が大切。

ということでした。英語学習も同じですね。

新高3は、『やれでき』には載っていない、<強調>を扱うので、高2教室から、

  • 水光雅則 編著 『ランドマーク高校総合英語』 (啓林館、1994年)

を持ってきて、白板に例文を転記して解説しました。 (PP. 470-479)
今読み返して見ても、音調の指摘もあり、良い記述だと思います。ちょっと昔には、こんなに良い学参が市販されていたのに、絶版とは本当に残念ですね。新しいものを編むのではなくて、この参考書を改訂すれば良かったのに…。
さて、
学校英語というか、受験英語の「用語」では、「強調構文」と呼ばれるものがあります。

  • It was Columbus that discovered America in 1942.

とか、

  • It is not until we lose our health that we realize the significance of it. 

などというような文を指しているようです。
かれこれ十数年前、公立校勤務時代に、0時限の朝補習で、受験対策をしていたことがあったのですが、その頃の資料が出てきましたので、そこから抜粋、加筆して、「解説」をしてみたいと思います。

英語学的には、「分裂文」とか “it-cleft” などと言っているのかな、と思うのですが、

  • It is A that B.

という見た目になる文を「強調構文」と呼んでいるようで、他の構文との識別法として、 「A と B を取り出すと、完全な文になる」などと言われることがあります。 (「同格のthat節」などでも、時折使われる、この「完全な文」という、言い方の問題点はいつかきちんと論じたいと思います。)

市販教材の多くは、特定の英文を示して、その部分に下線を引き、その下線部を強調した英文を、次々と示すだけで終わっていることが多いように思います。豊富な練習問題で、実例を補っている場合でも、「運用」に自信を持てるような展開・構成にはなっていない場合がほとんどです。しかも、そのような問題練習をした後であっても、『〜こそ××である』といった不自然な日本語での和訳練習に終始していたりします。
古い参考書から引いてみます。

It is … that (or who, which) の形式によって文の一部を強めることができる。例えば、
I came on John yesterday. 私は昨日ジョンを訪問した。
は強調する部分によって次のようになる。
(1) It was I that called on John yesterday. 昨日ジョンを訪問したのは私です。
(2) It was John that I called on yesterday. 私が昨日訪問したのはジョンです。
(3) It was yesterday that I called on John. 私がジョンを訪問したのは昨日です。

以上、大塚高信編著 『英語百科小事典』 (垂水書房、1958年)
別な参考書では、見開き2頁構成で、豊富な用例での英・日対照で解説がなされています。

こちらのファイルをご覧下さい→
BB47C22D-4DCE-4158-8147-83479117619B.jpg 直
河村重治郎、吉川美夫、吉川道夫 『新クラウン英文解釈』( 三省堂、1969年)

用例そのものは、厳選されたものを用いて書かれているとは思うのですが、どのような文脈で、この「構文」を使うのか、という部分が余りよく分かりません。元の文が、書き手と読み手、話し手と聞き手の間で共有されていたら、強調するまでもないように思えるからです。
さらに古い参考書だと、次のような興味深い記述が見られます。

Emphatic の “It … that (which, who) ….”
(例)
I am to blame. (私が悪いのです。)
It is I that (or who) am to blame. (悪いのは私です。)
[注意] that の Predicate Verb は Real Subjectの I に応ずる。
(例)
You are wrong.
It is you that (or who) are wrong.
(例)
You love her, not me.
It is she, not I, that (or whom) you love.
[附言] It is she, not I, that you love. が正しいのであるけれども、Relative Pronoun “that” が loveの目的格になっているのにつられて It is her, not me, that you love. というふうに “she”, “I” を Objective Caseの “her”, “me” にした例はかなり多い。われわれはこれを誤りとして退けるわけにはいかないと思う。
(例)
These circumstances induced him to accept the offer. (こういう事情で彼はその申出を引受ける気になった。)
It was these circumstances that (or which) induced him to accept the offer.
(例)
He did not come to his senses till his father had died. (父がなくなるまで迷夢がさめなかった。)
It was not till his father had died that he came to senses.
[注意] It was till his father had died he did not come to his senses. ではいけない。
(例)
We are greatly struck with the deep gloom of the cathedral on our first entrance. (われわれは最初はいった時この伽藍の暗いのに驚く。)
It is with the deep gloom of the cathedral that we are struck on our first entrance.
It is on our first entrance that we are greatly struck with the deep gloom of the cathedral.
[注意] It is with the deep gloom の “with”, It is on our first entrance の “on” を前に出すことを忘れないこと。ただし It is the deep gloom with which we are greatly struck on our first entrance. ならばよい。また It is the deep gloom of the cathedral that strikes us greatly on our first entrance. としてもよい。

以上、古瀬良則『英文法の研究』 (改訂版、旺文社、1956年)
この古瀬の最後の2例での指摘は興味深いと思いました。「not の位置」、そして「前置詞の位置」は、英語として文が成立するために欠かせない条件なのですが、この部分が学習参考書で説明されることは稀のように思えるからです。
この<いわゆる強調構文>を理解するためには、やはり「情報構造」と言われるような考え方の基礎基本、つまり<前提>と<焦点>の理解が役に立つように思います。

次の例を見てください。
(1) It is the bottom line that counts.
この文での前提、当事者同士の了解事項、と焦点、話し手が強調したい新たな、または意外な情報はそれぞれ何でしょうか?
(1a) What counts? 「何が重要なのですか」           前提
(1b) The bottom line counts. 「最終結果が重要なのです」    焦点 
このように「前提」から「焦点」へ、という順序で情報が提示されるのであれば、聞き手は、自分の知っている、分かっていることがらを基準に、話し手の焦点を待ち受けることができますから、準備する余裕があり、情報の流れとして、ごく当たり前のもので、理解に全く問題を生じないでしょう。
ですから、より自然な談話、一般には会話では
(1c) What counts / is the bottom line. 「重要なのは最終結果です」
  前提     焦点
といった、旧情報であり、前提となる部分を主題として文を作ります。これは、疑似分裂文などと呼ばれることがありますが、話し言葉ではごく普通に見られる<強調構文>です。音調の関係で、副詞 (句) を補ったり、助動詞の助けを借りたりして、
(1c’) What really counts is the bottom line.
(1c’’) What does count is the bottom line.
となることもあるでしょう。

では (1) の文ではどうなっているでしょうか?
(1) It is the bottom line that counts.
     焦点       前提 
焦点が前提に、新情報が旧情報に先立っています。この情報構造の一般的な順序を破ることで焦点を際だたせるからこそ、強調という働きを持つのです。したがって、前提と焦点の確認を経ていない、文法のドリルは無意味であるばかりか有害です。次の英文で前提と焦点を考えてください。
(2) It was in the morning lessons that I first learned the information structure.

(2a) I first learned the information structure sometime in the past.
(2b) When did you first learn the information structure?

この場合、(2a) の内容が前提であり、(2b) の質問の答えに相当する内容が焦点となります。whenという疑問詞で取り出すことのできる内容・情報が答えとなるのですから、当然 in the morning lessons というように、<前置詞+名詞 = 副詞句>でなければならないことがわかるでしょう。次の英文は非文(容認されない文)です。

  • *It was the morning lessons that I first learned the information structure.

これでは the morning lessons という名詞句ですから when ではなく what に対応してしまいます。
このように考えてくると、(2) の英文の和訳で in にあたる日本語はちょっと分かりにくいのですが、英語では in がなければ文として成立しないことが実感できるのではないでしょうか。
では、古瀬も指摘していた、<It is not until A that B. >という構文で、なぜ、not がこの位置になければならないのか、予測がつきましたか?
Aの内容に焦点を当て、情報の流れと相反する提示をするためには、Bの部分は事実、一般論または話し手の主張・聞き手の理解の「前提」として「肯定・断定される」ことが必要になります。したがって、この部分に否定のnotを残しておくことはできません(それでは話が自己矛盾となってしまいます)。次に、untilの節内の動作・行為は、「線」として継続・持続している主節の活動や状態が途切れる「点」として基準となるべきものですから、この untilの内側にも否定を置くことはできません。ですから、untilで導かれる節を越えて、文法上の主節の述部である、be動詞の位置まで繰り上がった、とは考えられないでしょうか。情報構造の原則を守り、なおかつ文法上の整合性を保つという二重の意識が働いたため、と考えれば、苦肉の策とは言え、なかなか良い落としどころだと思います。

 くれぐれも、

  • It is not until we lose our health that we realize the significance of it.

という英文を読んで、(×)「我々が健康の価値に気づくのは、我々が健康を失う時までではない」などという訳をしてわかったような振りをしないでください。
前提と焦点を確認することで、命題として適切なまとめができるはずです。 

入試問題から例文を示します。確認してください。

 Language is certainly an important factor in understanding others. As my Japanese language ability improves, so does my understanding of the people. This was also true in learning French, my major in graduate school. It was not until I was fluent in French that I really got to know French people. I do not say this is always the case, but language does give insights into a foreign culture, that would not be possible otherwise, especially in the case of Japan.

この表現は、いかにも構文めいているために、現代英語で使われないと心配する向きがあるかもしれません。COBUILD のコーパスからの用例です。

  • However, it was not until he was well into his twenties that he began to show signs of potential beyond club level.
  • It was not until the late 19th century that the influence of Jewish artists, patrons and dealers would become a pivotal force within the mainstream of international art.


この朝補習を行っていた90年代末期は、まだまだオンラインコーパスも充分に整備されておらず、私が示した実例でのサポートも吟味が不十分だなぁ、と思います。not の位置の考察も、詰めが甘いところがありますが、何もしないよりはまだマシだったかなという気はします。今なら、どうするか?何が出来るか?歳をとっても研鑽が必要だということですね。

今の生徒には、『ランドマーク』を1人1日借りて帰って良いから、熟読して回し読みしなさい、という指示を与えておきました。
さあ、あと10日ほどで新年度。振り返ってばかりでもいけません。志も新たに、でも、あんまり高く掲げすぎることなく、自分の学びと向き合い、自分の学びを全うしましょう。

本日のBGM: 我に返る (小声バージョン) / TOMOVSKY