「振り出しに戻るだろう」

tmrowing2013-03-19

成績提出・会議も全て終え、新年度への準備。
私家版の『前置詞・副詞(不変化詞)のハンドブック』の改訂作業。
教員になってすぐ、4択の穴埋め演習などでは身につけられない「語感」を教える必要に迫られて作成したこのハンドブック。初版にあたるプリント集は1987年か。
当時はCGELに付箋を貼りまくって、語法解説の文言を考えたり、LOB Corpusの結果をコンパクトに纏めた2冊刊の緑のハードカバーからデータを引き引き、共起制限や頻度の比較を注記していました。G大2年の時の英語学系の授業で使っていた教科書が、当時、出てまだ2年くらいだったでしょうか、Lakoff & Johnson の “The Metaphors We Live By” で、前置詞や不変化詞を考える際の「比喩」というものには馴染みはあったのですが、やはり1987年の G. Lakoffの “Women, Fire and Dangerous Things” が自分で纏め直す契機となっていました。
この私家版「ハンドブック」の初版は、G大でお世話になったN先生にも見てもらって助言をいただき、すぐに改訂しました。
その後、同僚として働く優秀なALTの方たちと膝突き合わせで用例の差し替え、補充、新たに手に入った辞書や資料を見て解説の加筆修正などを繰り返して、1993年で4訂版。冒頭の写真の右下にある見開きのものがそうです。写真詳細はこちらで→写真 2013-03-16 13 43 02.jpg 直

扱った項目は、次の通り。(数字) はそれぞれの項目で扱っている基本文例の数。コラムは除いていますが、それでも500近くの例文があります。

  • at (23), on (34) , in (28) , about (14), to (31), into (17), from (21), for (34), of (31), after (16), across (9), by (26), out (31), up (30), down (18), through (16), around (18), over (23), under (21), along (11), with (32)

当時のサイクルから言えば、2校目に異動した1996年あたりが改訂のはずでしたが、その頃、英語学習環境に大きな動き、変化が訪れました。
そう、インターネットの普及です。
それによって、オーセンティックな英語素材を授業で提供することが遥かに容易になってからは、実質の改訂版を作っていませんでした。用例の補充や、語法の見直しなどは細々と続けていましたが、最近の巷の「英語本」の内容や記述を見るに付け、やはり「教材」としてきちんと改訂しておかねば、ということで今年度は進学クラスの生徒にも配布し、授業で折りに触れ使いながら、痒いところを見つけては掻き、足りないところを見つけては補い、綻びを繕っています。
awayやoffなど項目そのものの補充も勿論ですが、既に纏まっていると思っている各項目も再度吟味しています。
今ちょうど考えているのは upの扱い。
不変化詞と呼ばれる語の中でも、使用頻度の高いものは近年のコーパス言語学の研究成果でよく分かっています。

  • up, out, on, in, off, down

では、句動詞やイディオムでこれらの不変化詞が含まれた用例を見て、初学者がすぐにその意味を理解し、自分で使いこなせるか、というとそれはかなり難しいでしょう。outやoverは資料が比較的多いのでplausibleな解説が出来ないことはないのですが、up/downはやはり難儀。
改訂での例文補充だけでなく、コラムで扱う予定の up の項目に、

  • come up with

があります。「(アイデア、答え、解決策などを) 思いつく」という日本語に対応する表現ですが、このupはつくずく厄介だなぁ、と感じます。
他動性の強い think of/hit onとthink upを同義で捉えるのは容易でも、come up withをinventのカテゴリーに入れるのは?
日本語の発想をスライドさせようにも、日本語で「浮かぶ」のは「考え」のほうだから、(?)「考えが浮かび上がってくる」というのは全くの間違い。人が主語となり「絞り出す」とか「捻り出す」という「イメージ」「フィーリング」と、comeの自動性との間で、 どのように折り合いをつけるか。
あたかも「最適解」は既にどこかに存在していて、そこにたどり着く「達成感」をupが担うとか、つじつま合わせは可能だけれど、どうしても後知恵になります。
学習の過程では、日本語の発想で「思いつく」からスタートするものだとしても、hit onとthink ofとcome up with を単純に、同義・類義で纏めてしまうのはとっても危険だと思うのです。
upをparticleとしてどう捉えるかということをもう少し俯瞰的に見るとすれば、

  • come up with, keep up with, put up with

といった他の句動詞でのupと比較することで、自動性・他動性の問題、共起制限を考えることもできるでしょう。例えば、

  • put up with = stand; endure; tolerate

のputは本来他動詞ですが、句動詞としてput up が用いられる場合には、同様に目的語を取るわけです。

  • put up an umbrella [a tent; a flag; a sail; a net]
  • put up a poster [a notice; a sign]

この場合、目的語に共通するのは、

  • 丸められたり、折り畳まれていたりする状態では機能せず、put up され「ハリのある状態」になって初めて、その機能を果たす。

というような性質です。
put upが目的語に取るべき再帰代名詞(-self) が本来はあると仮定すれば、その目的語が

  • 「ハリのある状態」となって、「外圧」に対しても機能する。

というような語義の成立を「拵える」ことで、put up withという句動詞の意味を「説明」することは可能かもしれません。多くの表現同様、再帰代名詞の省略、で逃げられるようにも思います。でも、自動詞のcomeとup とwithの組み合わせでは?
Lindstromberg (2010年)は、come up withを「獲得(acquisition)・採択(adoption)」で捉える根拠に、写真 写真 2013-03-17 10 52 52.jpg 直 の「16.1bの図」を挙げている(p. 196)のですが、come upする主語にあたるものが「答え」ではなく「人」ということをどう説明するのでしょうか?
今のところの私の落とし所は、映画『地獄の黙示録』のあるシーンのイメージ。画像はこちらからお探し下さい。

http://image.search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%9C%B0%E7%8D%84%E3%81%AE%E9%BB%99%E7%A4%BA%E9%8C%B2&ei=UTF-8&rkf=1&imt=&ctype=&imcolor=&dim=large

come up withでは<ideaやplan, solutionが頭の中に浮かび上がる>のではなく、<「人」が、どこかに存在する「最適解」のところにたどり着く、浮かび上がる>、という解釈でもしないと意味が整合しません。ただし、その場合でも、浮かび上がってくる人が、「海女」というような比喩では説明が不十分でしょう。
<海女の比喩>であれば、どこか海中で「最適解」を採取することにしておくとして、浮上する際のイメージを<come with 最適解 + up>とすることは可能でも、では、そのあと、<to + 目的地=現在地>となるはずの、「どこへ浮上するのか?」という疑問に答えることができないように思います。
come up withの場合は、「努力」とか「紆余曲折」を含意する時もあれば、「偶然」の感じもする表現なのでやはり難しいのです。
類義表現の、hit on=find a solution by chance でも少し考えておきたいことがあります。
このhitの語義・意味が

  • (cause or allow to) come into hard contact with (Chamber’s Universal Learners’)

だと考えると、自動詞として使われるcomeとの接点が見えてきます。いったん、日本語の「思いつく」という言い回しから離れて、英語の語義の肝にどれだけ迫れるか頑張ってみることも必要。
Oxford系の辞書 (OALD) では、

  • (of a moving object or body) come into contact with (someone or something stationary) quickly and forcefully

という定義。

“hit” の語義を見ると、「意味」がわかったつもりになりがちですが、では何故「解決策を偶然見つける」という語義の際に hit を他動詞で用いて (X) hit a solution とは言わないのか?ここが悩みどころ。Lindstrombergはpp.63-64で 'softer' なcontactと説明していますが、苦しい後出しじゃんけんです。偶然性、出会い頭感をこそ説明しないとダメだろうな、というのが実感。
確かに、

  • knock the door [down; off; over; away]

と、

  • knock on the door

とは全く違う意味合いです。その対比で得られる知見もあります。しかしながら、その考え方が、

  • hit a solution

  • hit on a solution

の対比に当て嵌まるか、というと「?」です。

“hit” の語義でもう一つ注意が必要なのは、他動詞は他動詞でも、主語に「アイデア」とでもいうべきものが来る次のような例。
まずはMEDから。

[transitive] if an idea or the truth hits you, you suddenly realize it: It suddenly hit her that she would never see him again.

次は、Cambridge

[T] If an idea or thought hits you, you suddenly think of it: That's when it hit me that my life would never be the same again.

で、Webster’s Essential Leanrers’

[T] informal: to become suddenly or completely clear to (someone): It suddenly hit me [=I suddenly realized] that I was wrong.

この意味では、strikeと同義で、interchangeably で使えるように思います。
主語に何をとるかという違いがありますが、ODEでは、

  • (of a missile or a person aiming one) strike (a target)

という定義の下に、

  • be suddenly and vividly realized by: [with obj. and clause] it hit her that I wanted to settle down here.

と、

  • [no obj.] (hit on/upon) discover or think of, especially by chance: she hit on a novel idea for fund-raising

を並べています。この語義の配列を考えると、「語義」と一口に言っても、「意義素」「コア」の輪郭線を明示するというのは難しいことが分かると思います。一知半解にもかかわらずドヤ顔での解説は避けたいものです。

改定作業は、春休み期間中もまだまだ続きます。
愉しいね。
本日のBGM: All over, Starting over (高野寛)

※ 2013.03.20 追記
FBでのやりとりの私のコメントの一部を備忘録代わりにこちらに残しておきます。

come up の主語が「植物」であれば、growと同義なので、もし「人」を主語にとるとしても、「その人が、花を咲かせる = 成長、成熟する;成功する」という比喩として捉えられるので、あまり悩まないように思います。私がしつこく気にしている come up with では、主語が「人」で、目的語に相当するのが「アイデアなどの最適解」なのですね。同じ人を主語にとる句動詞であっても、come up againstであれば、againstが、その目的語に相当する語を、「望ましくないもの」として捉えるのでしょうから、他動詞のencounterとか、face, be confronted with といった表現との相互乗り入れがまだ容易だと思うのですが、 withをcome with your wife = bring your wifeなどの「付随」、その発展で agree withや go well withなどの「対応」と捉えるにしても、upをcatch up withや make up forでの「凹みや欠落、隔たりを埋め合わせる」と捉えるにしても、comeする主語にあたる「人」は「もともとどこにいて」「どこに辿り着くのか (=今どこにいるのか)」をうまく説明できる「比喩」が欲しいところです。