有志無私

震災直後に、福島から避難して我が家に滞在していた妻の友人一家が一年と少しぶりに再訪。息子さんも2歳となり、うちの娘も再会に大喜び。現在も福島には戻れず、中国地方の某県に仮住まいとのこと。
何にせよ、朝から晩まで賑やかで楽しい我が家である。2歳の息子さんは、今まさに、言葉がどんどん育っているところなので、その様子を見るのは楽しいもの。

金曜日は広島大学が主催する、「教師の指導力向上セミナー」に参加するため博多まで出張。
午前中は講演。午後は分科会。
会場で休憩時間に、鹿児島のA先生にばったり。達セミの岡山にでも行って見ようかなどと思っていたのだが、予期せぬ再会に感謝。講演は、「教員の人事評価」などが専門の古賀教授が圧巻。スゴイ人だな。附属中高の校長とのことなので、職場はスゴイテンションになっているのだろうか、と推測した次第。広大の柳瀬先生のご配慮で、講師の方々とA先生と一緒に昼食。
午後の分科会は、「英語で授業」がテーマ。
井ノ森高詩先生、小橋雅彦先生、柳瀬陽介先生の順。司会は広大の樫葉先生。
文科省寄りでもなく、旧態然とした指導法の言い訳でもなく、バランスを取りながらそれぞれの講師がプレゼン。一人の持ち時間の短さだけが残念。最後の質疑応答は取ってくれたので感謝。せっかくの良い問題提起も、なかなか議論は深まらず。参加された皆さんは、自分の授業や、自分の学校が置かれている環境状況に満足しているということでしょうか。A先生からは「到達度の設定」について質問があり、私からは「生徒のことばの成熟」について質問。私の質問は、以前『英語青年』で書いたこと(「英英の弱り目、和訳の効き目」)と同じ。(http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20110210)
今回の井ノ森高詩先生、小橋雅彦先生の提案に限らないが、
・ 全てを精読させない。ポイントを絞って精読させる。
・ 素材や難易度によって、scanさせるのか、精読させるのか、といった読みのストラテジーを使い分ける。
という時に、selective attention で「読み取るべき対象を選択」している主体は「教師」であることがほとんどであり、学習者は、初見の英文を読み進める中で、「主体的な取捨選択」を試す機会が与えられていないことが多い。どのような読みのストラテジーを採用するのか、という選択でも、同じことが言える。
井ノ森先生のプレゼンで使われた精読素材の英文、「水瓶」の話しのクライマックス。

Naturally the full pot was proud of its service, perfect for the end for which it had been made. But the cracked pot was unhappy, ashamed of its imperfection.

パワポのスライドを急いで書き写したので、不正確かもしれないことをまずお断りしておく。ここで私が引いた第一文を精読させるという趣旨だったかと思う。では、その次の文は「さらっと」読み進めて良いものなのだろうか。次の文の冒頭のbutでは何と何が対照されているのか、本当に読んですぐに分かるものだろうか。たとえば、読みの「ストラテジー」を考える時に、butの前後だと、後に焦点・重点・力点が置かれる、などと教えていることが多いと思われる。であれば、But以下の文をこそ、精読させるべきではないのか。そんなことを考えていた。第2文で私が気になるのは、unhappyという語の選択とその語義。そしてits imperfectionという名詞の選択、というか名詞化。unhappyは凄く大雑把で乱暴なwordingに感じるのだが、ここでは、not satisfied with somethingとでもいう意味だろうと思う。では、そのようにパラフレーズしたとして、withの「目的語」にあたる内容は、its imperfectionだろうか?そうではないだろう、当然imperfectionを導く「不十分な行い」が前提としてそれ以前に記述されているのであるから、それを受けているはずである。its imperfectionはただ単に、a crack in the potとか its flaw というように、名詞を名詞で置き換えただけではそれこそ「不十分」で、なんらかの「ことがら化」の読みが望まれるところだろうと思う。
たとえば、第2文を

  • But the cracked pot was not satisfied with what it always did, ashamed that it failed to fulfill the end for which it had been made.

とでもいうような第1文の語句を使い回したパラフレーズをしておいて、その表現を原文の第一文と比較し、その後でもう一度原文の第2文に戻ってくることで、深い内容理解を促すことができるかもしれないなぁ、とプレゼンを聞きながら考えていた。
ということで、クラスを二分割して、片方のグループには第一文を精読させ、その正確な理解に基づき、次の文の文頭のButに着目させ、内容理解を促し、もう片方のグループには、But以下の文を精読させ、その内容理解に基づき、その前文の内容との対比を掴ませるように仕向けることも可能であろうと思った次第。ほんの5分くらいの間に、自分の脳が活性化しているのが分かるのではないか、と思うくらいキリキリと働いていた。
ちなみに、この英文は、ネット上でもよく見かけるもので、次のようなバージョンがある。

The perfect pot was proud of its accomplishments, perfect to the end for which it was made. But the poor cracked pot was ashamed of its own imperfection, and miserable that it was able to accomplish only half of what it had been made to do.

この英文と対比して、教材で使った英文での、語、語句の意味を考えさせることで「読みの精度」は高まるものと信ずる。

小橋先生は、Grammar Dimensions, Heinle & Heinle などの教材で具現化されている、grammaringのアプローチを推奨していたように思う。Grammar Dimensionsは私も90年代の終わりの公立校勤務時代に使っていたので、言わんとすることはよく分かる。ただ、tenseの使い分けの力が弱い、tense consistencyが維持できない、というときに、演習を繰り返すことで本当に “psychologically authentic way” に文法項目が身につくものなのかは時間をかけて吟味した方がいいように感じた。例えば「過去形」。使うべき所に使えず、使ってはいけないところに使ってしまう、という過去形の使用に誤用がある学習者は、まず、「過去形」を必然とするdiscourseを体現する「ことば」と出会っておく必要があるだろうし、演習と並行して「よい出会い」を重ねる必要があると思うのである。その場で思いついたメモから抜粋。

  • 百科事典での歴史上の人物の解説
  • 伝記・自叙伝
  • 絶滅した動物種の描写・説明
  • 有名人の回想録
  • 追悼記事・追悼文
  • 事故の目撃証言
  • アリバイを証明するための事情聴取

などなど。教科書で出会う「ことば」が貧弱すぎるから、演習に頼らざるを得ないということがままあるのではないか。「インプット」を英文の難易度や量の問題に置き換えて簡単に済ませていないか、多くの高校、とりわけ「進学校」や「英語教育の拠点校」では振り返る価値があるように思う。
それにしても、これだけ良い話しを聞いて議論が深まらないのは残念。参加者の皆さんは、昼食時間の方が大切なのだろうか…。

明けて日曜日は、サッカーの3位決定戦で早朝からTVの前に。私はいつもとそれほど変わらない時間に起きているのですけれど、その時間からTVをみることなどあまりないので。
悔いの残る試合だったのではないかと思います。
未明からの豪雨、雷雨で高速が一部不通でしたが、朝食を皆で済ませて、晴れ間も見えた午前中で友人一家を送り出しました。お元気で。
その後は、ELECの研修会の準備。「あとがき」の実例を補足。大学入試の出題例にあげた問題の「解答例」の比較検討などなど。
やっぱり、「ライティング」指導に関しては、教師が英語ができないとダメなんですよ。博多でA先生とも話していたのだけれど、

  • 簡単な英語を使って書けばいい。
  • やさしい英語を使って書けばいい。
  • 文法的に誤りのない英語を書けばいい。

というのは教師の自己満足でしかないのです。
私が今注目しているのは金沢大学の入試。
2012年度は、次のような英文を完成させるものでした。

Saving Energy

I recommend that you try the two things below when you want to save energy. First of all, you should use electric devices properly. For example, [ 1 ].

Second, [ 2 ].

In short, if you try these things, it will become easier for you to save energy and have an eco-friendly life.

[ 1 ] はいわゆる「和文英訳」。「電気やテレビは、部屋を離れる際には、つけたままにしておくのではなく、直ちに消す必要がある」という内容を英語で書くもの。語数指定はないが、日本語が与えられることで書くべき内容はコントロールされている。 [ 2 ] は、[ 1 ] とは別の省エネ方法を35-45 wordsの英語で書くもの。
では、ここで求められているのはどのような「英語」でしょうか? [ 1 ] は、「日本語による」コントロールが確かにありますが、それ以上に、空所の前後に既に与えられている英語が、解答を規定していることを忘れてはいけません。recommend, properly, eco-friendlyといった語彙、 形式主語と言われる、<it is 形容詞 for意味上の主語 to原形>という構文の使用から推測すると、中3レベルと片づけるには少々難しく、高校の英語Iのレベルと考えるのが適当ではないかと思います。「中学生に書ける英語」で、「文法的に誤りのない英語」というだけは、空所で生じるその前後とのギャップを解消することはできないでしょう。
では、私が「英語I」レベルと感じた、英文を完成させるために相応しい、語彙や構文とはどのようなものでしょうか?金沢大学は、大学の公式サイトで「解答例」を公開しています。

[1] when you leave your room, you should not leave the lights and TV on, but need to turn them off immediately.

[2] you should ride a bike rather than take a car when you go somewhere. For example, if you drive to work every day, you waste a lot of petrol. So, you should go there by bike when the weather is good. (41 words)

[1] では、not A, but B での焦点・力点の置き方、immediatelyという語彙の選択。[ 2 ] では、rather thanでの選択と却下など、この解答例の表現を見る限りにおいては、「英語Iレベル」の英語で概ね妥当かなと思います。
ただし、これは個人的意見ですが、今年の金沢大の公開した解答例には表現と論理での難点がいくつかあるように思います。[1] では「つけたままにする」と「消す」という日本語で表されている意味が、実質裏返したようなものでしかないのですから、「英語で」表現するなら、選択するべき行為の方に焦点を当て、最初から「外出時即消し」と言うべきでしょう。[2] では、go somewhereの具体化で、commuting by bikeというような内容を想定したのはいいのですが、居住地域や通勤距離を考慮しないのでは論が結べないでしょう。「距離や地形、路線が自転車走行に適しているか」などの、「適否」や「可不可」での選択が関わってきますから、「提案」や「示唆」として表すべき内容でしょう。本来、「化石燃料の節約・消費の抑制」「CO2排出の削減」ということが主題になるべきですから、「代替 (公共) 交通機関が存在するか」を考慮しない、自動車通勤却下には無理があるように思います。
とはいえ、少なくとも、このような公式な「解答例」が大学から出されているのですから、それを元に、高校の指導者と大学の当局、できれば出題を担当する英語教育のスタッフとの間で、英語表現と論理の適否に関して協議が行われることが望ましいと思います。

お昼過ぎからは、高校野球のTV観戦。
兄弟校が夏の甲子園で初勝利を挙げました。波乱の幕切れでしたが、粘り抜いたからこその結果です。山口県勢としては7年ぶりの勝利らしいです。山口の60チームの代表としてよくやってくれました。ありがとう!
今夜は祝杯をあげたいと思います。
おっと、その前に、バレーボール女子の応援だ!!
・・・。
ということで、先ほど試合終了。
3位決定戦を制して28年ぶりのメダルに輝きました。木村沙織とキム・ヨンギョン。アジアが生んだ二人の天才対決、と煽るのは簡単。
試合終了後に、画面に大きく映し出されたキム・ヨンギョンの表情が翻訳できたらなぁ、と思いました。「天才の孤独」などという陳腐な形容では彼女に失礼になるでしょうから。
今日の試合は、迫田選手のキレキレのプレーが光ったけれど、五輪出場を果たしたチームとしての功績は真鍋監督の手腕に依るところが大きいだろうと思う。大友を復帰させ、狩野を復活させ、江畑を抜擢し、と思い切った選手選考や起用ができるのは、情報を集めたり、データを分析したりといった、人を使う力の賜。選手としてセッター出身というのが要因としてあるのだろうか。
木村選手も、この秋にはトルコリーグに参戦とのこと。キム・ヨンギョンとの対決を日本のスポーツメディアはどの程度伝えてくれるか期待しています。

本日の晩酌: 松の壽・純米吟醸・無濾過生原酒・雄町55%精米 (栃木県)
本日のBGM: 別に奇跡なんかじゃないから (斎藤誠)