words & deeds

七夕は生憎のお天気。
週末までに出てきた答案は全て採点が終わり一息。
某メディアで「動詞の語法」についての記述を読んで溜息。
俎上に上がっていたのは “persuade” という動詞。
persuadeという動詞に限らず、「動詞の語法」は確かに面倒なのだけれど、面倒な森だからといって入らずに済ますことの出来ない局面は英語学習では早晩やってくるだろうから、一人で入るなら初めのうちは深入りを避けること、深く入らざるを得ない時には、優れた「ネイチャーガイド」に同行してもらうこと、と心に留めておいて欲しい。

このpersuadeという動詞がどのように使われるのか、「語法」、とやらを見ていこう。
<A + persuade + B + to 原形 (=C)>
A の説得によって、Bは実際にCの行為・行動を取る、というところが最大の肝。
その意味で、talkの他動詞の用法と置き換えて使う人がいるのも頷ける。
<A + talk + B + into –ing (=C)>
どちらの表現でも、Cの動作・行為は「実現する」のが本来表される意味である。
この部分の理解が日本の高校生は弱いということで、大学入試の語法問題や英作文問題などで、

  • 説得しようとしたがダメだった。

というような英文を完成させる問題が存在するのだろう。

ちなみに、小池直己・佐藤誠司 『英語ネイティブ度判定テスト』 (大修館書店、2009年) にも、pp.242-243に、

119 日本語の意味を表す適切な英文に訂正してください。
I persuaded him to lend me some money, but he didn’t say yes. (私はいくらかお金を貸してくれるよう彼を説得したが、彼はうんと言わなかった)

という「英語ネイティブ」なら絶対に解かないクイズが収録されているくらいである。この解説を見てみると、正解は “persuaded → tried to persuade” となっていて、

<persuade + 人 + 不定詞>の形は、「<人を>説得して〜させる」の意味です。元の文は前半が「私は彼を説得して金を貸してもらった」の意味になり、後半とつながりません。「説得しようとした (tried to persuade) 」に変えれば意味が通じます。

と理由付けしてくれているのだが、そう言うのであれば、そもそも、クイズの「日本語」表現を示す段階で、

  • 私はいくらかお金を貸してくれるよう彼を説得しようとしたのだが、彼はうんと言わなかった。

というような言葉づかいで「彼を説得しようとしたが」と書くべきだろう。こういう「お題」の出し方は、「ついうっかり信号無視や一時停止しそうな場所なのに、そこでの違反を防ぐのではなく、取り締まり、掴まえるために木陰に隠れている○○○」を連想させ、嫌な感じだけが残る。
冗談はさておき、persuadeという動詞を使う際に、「事の成就」が気になるのは、「説得」の類のことばではいたしかたないのだろうとは思う。それこそ、「文化」や「文脈」のなせる業。
英語の実態をよく見てみると、persuadeの前に、上述のtryだけでなく、 manageという結びつきが実際に見られる。persuade自体で「その行為をさせるところまで含む」ことになっている (建前?) にもかかわらず、「実際にうまくいった;ちゃんとさせた」ことをわざわざ明示する (本音?)、という文脈と心理は想像に難くない。COCAを使って過去の文脈で、”managed to persuade” を検索すると45例がヒットするところを見ても、普通の表現と言って良いだろう。
このような、「説得して実際に新たな行動を起こさせる」意味の逆の意味を表すとすれば、

  • 説得して、新たな行動を取ることを止めさせる。

という行為が考えられるであろう。実際に、
<A + persuade + B + not to 原形 (=C)>
という結びつきは英語に存在していて、BはCの行為を「未遂」に終わることになる。
こちらも、talkの他動詞用法と置き換えて使う人がいる。
<A + talk + B + out of –ing (=C)>
気を付けるのは、この結びつきで表されているのは、「未遂」であるから、「Bがやろうとしていることである、Cを思いとどまらせる」という意味であることくらいだろうか。
Longman Essential Activatorでは、

  • to persuade someone not to do something that they were planning to do

と定義づけている。
このように、語法こそ違えども、同じ文脈で使われる二つの表現が発想での底流を持っていても不思議ではなく、
<A + persuade + B + into + C>
という結びつきが存在する。
しかしながら、現代の英語で、このintoに続く名詞相当語句であるCの部分に動名詞が来る例は少ないと思われる。この背景を私なりに推測するに、不定詞を使えば言えることは不定詞で、talkの方を使えるのであればそちらを使って動名詞で、と棲み分けができるものなら棲み分けた方が混乱が少ないという心理が働くのだろうか。
さらに、前置詞が into ではなく、逆の意味を表すout of を用いて、しかも動名詞が続く例となると、「?」が浮かぶ。何事も「ないことを証明する」は難しいのだが、現代の英語では、少ないどころか、ほとんど見られないのではないか、というのが私の感触である。
BNC の1980年代の小説からの用例。

" He was going to marry my mother. " " And you wanted to persuade him out of it? "

COCAから、2000年代の学術論文の用例。

We can (and must) fight them on the field of nonviolent political discourse and action, keeping openness our first priority both as a means and an end. We will try to persuade them out of their various racist, dogmatic, millennialist, and otherwise non-empirical, anti-pluralist convictions -- so long as they limit themselves to trying to persuade us.

同じくCOCAから、大衆向け雑誌の用例。

MRS. WARBURG SAID SHE HAD WANTED TO BE A dancer and she made Anne take jazz and tap and modern all through school but what Anne really loved was talking. Debate Club, Rhetoric, Student Court, Model U.N., anything that gave you plenty of opportunity for arguing and persuading, she liked. I said I knew that because I had lived with Anne for three years and she had argued and persuaded me out of cheap shoes and generic toilet paper and my mother's winter coat. She'd bought us matching kimonos in Chinatown.

いずれも、out of に続くのは名詞か先行文脈であって、動名詞の例ではない。

私は、80年代から90年代にかけて、『前置詞のハンドブック』という授業傍用の私家版のプリント集をこしらえていた。その際に、高校生向けに用例を書き換えたり、新たに作ったりすることで、「英語の実態」とかけ離れてはまずいので、用例の採否・適否で、当時同僚として働いていた数名の英語ネイティブとあれこれ議論した。このpersuadeとtalkの周辺も「話題」として取り上げている。その結果 “into” の用例として載せたのが、次の2文。

  • 14. I talked her into accepting his offer. 彼女を説得して彼の申し出を受けさせた。
  • 15. He was tricked into signing the contract. 彼は騙されて契約書にサインさせられた。

このすぐ下に語法解説のコラムがあるのだが、そこに私はこう記している。

※14.の類例に、persuadeがあるが、語法の揺れに注意。<to+原形>を使う方がmore commonであり intoを使うのはかなりformalな表現となる。
[c] I persuaded her to accept his offer.
[d] I persuaded her into accepting his offer.

※OALD (3rd) では、<persuaded out of + ing>の用例を載せているが、OALD (4th) では削除されている。また、COBUILD及び、COBUILD Phrasal VerbsやBBCにも用例は認められない。『ジーニアス英和』ではこの用法に (古) というラベルを貼っている。今回のnative informantsの一人 (米人・女性) は次の [e] だけでなく、[f] も認めなかった。
[e] * I persuaded her out of accepting his offer.
[f] ?* I tried to persuade him out of his resignation.

この4訂版を作ったのが1993年の年明けだから、今から19年前。
この当時でさえ、<persuade + out of + -ing>という結びつきは容認度が低かったと思うのだが、この20年近くの間に、復権がなされたのであろうか。久しぶりに手許にある辞書を調べてみた。

Longman WordWise Dictionary
Macmillan Essential Dictionary
Merriam-Webster’s Essential Learner’s Dictionary
Cambridge Learner’s Dictionary
COBUILD Advanced American Dictionary
の5冊では、out of だけでなく、intoを用いた用例も載せていない。
LDOCE (4th) が、

  • Don’t let yourself be persuaded into buying things you don’t want.

を、
Oxford Wordpower (2nd) が、

  • We eventually persuaded Sanjay into coming with us.

を載せている。どちらもintoの例であって、out of の用例はない。
これも考えてみればもっともなことで、「思いとどまらせる」なら、<A + persuade + B + not to 原形 (=C)>という形式があり、formalな場面でも使える "dissuade" という動詞が存在し、talkを使えば、informalな場面もカバーできるので、persuadeをout of とわざわざ使う必要はないという感じがする。

辞書の用例では、

  • We tried to dissuade him from leaving. (Cambridge Learner’s)

というちょっと体温が感じられないもの以外にも、

  • Our warnings did not dissuade them from going. (Merriam-Webster’s Essential Learner’s)
  • Campbell tried in vain to dissuade Paton from quitting. (Macmillan)

などで、<A + dissuade + B + from + -ing (=C)>の形が見られる。

このdissuadeの語法をCOHAで見てみると、1820年代から、2000年代まで各年代ごとに用例は見られるので、現代でも生きている語法だと断定していいだろう。

ここまで来れば、persuadeがout of と一緒に使われ、しかも動名詞の続く「型」が今も生きているのか、活き活きしたものなのか、よくわかるのではないかと思う。

大学入試対策を謳う教材であっても、

  • 竹岡広信 『よくばり英作文』 (駿台文庫、2011年)

では、

  • 197 “Michael wants to quit his job. I’d appreciate it if you could talk him out of the idea.” (p. 109)
  • 228 My father is very stubborn, so it is no use trying to persuade him to change his mind. (p.149)

というように、引用符で括られた話し言葉の用例では “talk” を、書き言葉の用例では、persuadeを、と可能な限り現代英語の語法を反映できるような文を提示している。著者が自分の英語力に胡座を掻かず、英語ネイティブとの共同作業の労を惜しまなかったからこその賜だろう。
COCAで検索した、前述の “managed to persuade” の45例でも、persuadeの後ろに “B + out of –ing” という結びつきが続くものは1例もなかった。

英語に限らず、語法に限らず、一手間を惜しまず、ちょっと信頼の置ける辞書を引いて確認すれば、また誰か信頼の置ける人に確かめれば未然に防げる誤りはたくさんあるだろうと思う。

本日のBGM: You stepped out of a dream (Max Roach)