舌柔らかなり

『英語通信』 (大修館) の45号の巻頭エッセイが気になる。
執筆は学習院大教授の真野泰氏。

  • 英語の単語を覚えるときは、文字の並べ方をよく観察したうえで、自分の手を動かして何度も書く。そのとき頭の中に音を響かせるというか、それぞれの音を出すときの口の中の形を意識することが大事である。Lのときは舌先を上の歯茎にしっかりくっつけ、Rのときは舌先をどこにもくっつけない。/ LとRの違いを口の中に意識して言葉を覚えれば、たとえLとRを聞き分けられなくても、それどころかたとえLとRを本当に正しくは発音できなくても、綴りだけは正しく書ける。(p.1)

真野氏といえば、『英語青年』 (研究社;現在はweb版) で小説翻訳の講座を連載し、ご自身も多数の文芸翻訳をこなす英語プロ中のプロ。そのプロにこういわれると、綴り字を間違えるのは、学習者の怠慢、不注意、努力不足という印象を持つ人も出てくるだろう。でも、この記述、あまりに簡潔で実際何を説明しているのかよくわからないのである。

  • LとRの違いを口の中に意識して言葉を覚える

とはどういうことなのか?

  • たとえLとRを聞き分けられなくても、それどころかたとえLとRを本当に正しくは発音できなくても、綴りだけは正しく書ける

というのだが、ここがよくわからない。シャドウイングをやってみればすぐにわかることだが、声を出さない、呼気を声に変えないで調音点の練習をするのは、すでにその調音点を習得している者だけにできることなのではないか?
Vocabularyという綴り字を正しい音を元に自分の手 (腕ひいては身体) の動きだけでなく、上唇と下顎と前歯、下唇と上の前歯、舌の前面と歯茎、舌の中央部または根本の部分と上顎の裏 (内側) 、舌の根本近くの両側と上の奥歯の両内側などなど、自分の調音器官のどことどこで音を作っているかがきちんとモニターできるという人は、その時点ですでにかなり優れた学習者であるということが言えよう。
小学校英語活動が動いている、加速しているといっても良いかも知れない。その中で、綴り字と発音の関係を独自の「フォニックス」で扱う勢力は極めて大きい。しかしながら、音と綴り字の関係がわかったからといって、すぐに文字が書けると思うのは教師の思いこみである。普通の初学者が持つ、素朴な疑問、初学者自身が構築しつつある仮説と、教師から教えられる文字と発音のルール体系との鬩ぎ合いなどを英語教室で、英語教師はどれだけ誠実に対応できているだろうか?
文字指導に言及した主な過去ログはこちら。
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20081204
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080531
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20080416
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20061028
http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060801

anfieldroadさんの今年度の実践は中1の生徒、山岡大基先生の実践も中1の生徒、どのような取り組みがなされているか、生徒はどのような発達段階を経て、躓きを乗り越えて文字を、書くという技能を習得していくのか興味は尽きない。そうそう、筑波大付属中ではそろそろ1年生が文字指導に入る頃であろう。見学のチャンスがあれば是非とも足を運んで欲しいと思う。(過去ログ参照→ http://d.hatena.ne.jp/tmrowing/20060526 )

自分の実作、授業の方はというと、高2は、今月の歌。
The Pretendersに続く、第二弾はTravis。美メロ炸裂です。私にしては珍しく、歌詞に含まれる文法項目を意識しました。とはいえ、構成の妙、表現の妙など物語的味わいは存分に味わえる作品です。

  • 冠詞は出てきたらそのつどしみじみ法

を実例を元に導入。なぜ、ここでは無冠詞複数形なのか?と自らに問うことができるようになればもう大丈夫でしょう。 その後、『やれでき』で不定詞の続き。サイドリーダーの追加分の解説をして、『英語は耳読にかぎる!』 (青春出版社) なる教材の紹介。「英語耳」でおなじみ、松澤氏の著作。胡散臭いタイトルとは異なり、内容は良心的な方です。でも価格は1680円。高校生には買えませんね。朗読はキンバリーさんなので、音声も紹介。満点!
高1のオーラルは、眼科検診の順番待ちにかかっていて短縮を余儀なくされた。
スモールトークは「カタカナ語」。日本語のカタカナで定着しやすい語彙は、名詞、形容詞が多く、動詞のまま、動詞の意味では定着しにくい、という傾向を実感してもらう。
たとえば、ミネラルウォーターは完全に市民権を得ているのに対し、ジェニーちゃんにもあった、”I have to water my tree.” のwaterはカタカナ語では全く定着する気配はない。
また、buzzer では、<動詞+er>で名詞を作り出しているのだが、もとになっている、buzzを正しく認識している高校生・大学生はそれほど多くない。第一、 buzzを正しく音に出せる者からして少ないのが現状。英語教室では頻繁にbuzz readingという指導技術が用いられているというのに…。
続いて、『…の基礎を固める』の第3課でseat とsit、foolとfullといった母音のペアを2セット。poolとpullなどテキストにないペアを追加しながら練習。最後に、日本語のカタカナでの定着例として、
hoodとhookを扱い、「この後昼食ですね」と food で締めくくり。
高3は、物語文簡潔、いや完結。一定数の話型を仕込むことを強調。
IBCパブリッシングの『星の王子さま』の英語音源を冒頭だけ聴かせてみた。学級文庫には5冊ほど訳者の異なる版の翻訳があるというのに、英語の音声だけで気がつく者はゼロ。暗い気持ちになった。この音源、朗読はタレント、モデルなどで活躍する、はなさん。丁寧で好感の持てる読み方でした。この教材も価格が1800円。このクオリティで980円位にならないものでしょうかね?

放課後は本業。今日は女子のみ。エルゴと体幹トレーニング。大汗をかいていました。最後は「お尻歩き」でフィニッシュ。背中から観察していると、肩胛骨周りの可動域がよくわかります。
帰宅後、購入してあった、

  • マックミラン・ピーター『英詩訳・百人一首』 (集英社新書, 2009年)

をパラパラと。翻訳は佐々田雅子氏。腰帯で「ドナルド・キーン博士絶賛!」のコピーが、本のタイトルより相当大きな文字で萎えた。もっとも、その名前とお墨付きでこの本を手に取る人が増えればそれで良いのだけれど。日本語版のための序論、から覚悟して一部を引く。

  • 多くの外国人が、俳句は和歌から生まれたとも知らずに、英語で俳句を詠んでいる。”haiku” は今や英語の単語にもなっているが、芭蕉 (一六四四 – 一六九四) ほどの高い質を持つと思われるような英語の俳句にはめったにお目にかからない。それどころか、多くはただの短い詩でしかない。一方、和歌は英語ではほとんど関心を持たれていないが、私はもっと持たれるだけの価値があると感じている。だから、”waka” がそのまま英語の単語になり、外国人が日本人の精神性を深く理解するようになるまで、和歌集を英語で紹介する仕事を続けたいと思っている。 (pp.57-58)

英語俳句をやる私のような人間にとって耳の痛い話しだ。劣化コピーの度合いと普及の度合いの鬩ぎ合いといってもよかろうか。芭蕉の生年・没年を日本語版の序論にもかかわらず付記しているのは、現代の平均的日本人の教養の度合いもご存じということなのだろう。

『英語青年』のweb版で、阿部公彦氏の 『トム・ジョーンズ』を読み返す。”no sooner … than”の捌き方が鮮やか。レベルが違うね。参考文献にも圧倒。
猫猫先生の新刊を津田正氏の書評で知る。この書評の最終段落が秀逸。早速注文しようっと。

本日のBGM: Baba O'Riley (The Flaming Lips featuring Pete Townshend)