like a blackbird ”sighing” in the dead of night

勉強会第二弾終了。
今回は、

  • 「愚者の千慮」でもお馴染みの前田啓朗氏
  • 「地道にマジメに英語教育」の山岡大基氏
  • 「『志』の英語教育」のzenconundrum氏

前回に引き続き、

  • 「英語教育の哲学的探究」の柳瀬陽介氏

そして私の総勢5名。
雑談から始まり、おおよそ3時間。例によって、結論めいたものも ”a united voice”もなし。
新科目それぞれの対照表を作ってきてくれた方がいて助かる。私からは、現行課程と新課程の必修科目のみを単純に対照したものを作成し配布。加えて、文科省作成の『中学校編の解説』から気になるところを抜粋。「授業は英語で行うことを基本とする」ことそのものに関する疑義や意見は特に無し。もっとも、今回の顔ぶれを考えれば、英語で授業を行うのに困ることはなかろうが。
既に公示となっている中学編と比較して、評価「規準」への落とし込みなどの視点を持つことで見えてきたものがあったのは収穫。中学編の作成チームのチーフと、高校編の作成チームのチーフが異なる理念を持っているのではないかなどとも考えてみたり。
むのたけじ氏は「憲法は守るものではない、使うものだ」と言っていましたが、その言を借りれば、「指導要領は守るものではなく、使うもの」。それに見合った「使いでがある」か、下世話な言葉を使うならば「使い物になる」か、あと、1週間ばかり考えを寝かせてパブリック・コメントの内容をまとめるつもりです。
今回お集まり頂いた皆さん、この場を借りて再度感謝いたします。
終了後は懇親会。覚悟を決めて牡蠣づくし。
小ぶりでプリプリした食感に満足。塩辛はご飯が欲しくなる絶妙の味わい。アルコールが入ってしまったので、駅からはタクシーで帰りました。
明けて今朝は娘との散歩から。
駅前の駐車場に車を取りに行き、家に戻って読書。
「今何でその本を?というような本をよく読んでいるよね」という趣旨の最大級の賛辞を得たことに気をよくして、頓挫していた、

  • George Steiner (2008), My Unwritten Books , New Directions, New York

を少し読み進める。歯ごたえしっかり。ふう〜。
Aimee Mannを聴いていて、加藤典洋が映画『マグノリア』について何か書いていたな、と思いだし『文学地図』を速読。うーん、”Almost.” って感じだなぁ、という上から目線。
3学期の授業に備えて、社会復帰のリハビリも。
スピーチ集の再読から。
まずはSarah Brady の1996年のDemocratic Convention でのスピーチ。前任校では使ったことがあるが、今のところでは初の試み。音源を探しているが見つからず。
安藤貞雄『現代英文法講義』(開拓社)で気になる語法を調べる。中身は充実しているのだが、索引がどうにも見にくいのだなぁ、この本は。
コウビルドの学習米語辞典の語源の記述に少々萎える。”wordlink” という囲みがあるのだが、英和辞書の記述と比べてもかなり貧弱な印象。米国で学ぶ外国人生徒や留学生はこのレベルで満足するとも思えないのだが…。
昼食は外で蕎麦。過日訪れた、徳地の蕎麦屋の方が自分の口には合う。
妻を迎えに娘と駅まで。娘も大喜び。
帰宅してネットに接続。
青磁社の週刊時評の松村由利子

  • 小説家の慨歎__『日本語が亡びるとき』を読んで(12月15日)

は重要な視点を与えてくれた。加藤の『文学地図』でも、「母語で書く」ことに関する考察があったが、自分の中で道筋が見えた感じ。
内田先生経由で読んだ、
「カフェ・ヒラカワ店主軽薄」

  • 「内向き」礼賛(1月4日)

での勝間評は我が意を得たり。
新聞やテレビの政治にかかわる報道では、政治家の「失言」や「舌禍」ばかりが取り沙汰されている印象。政治報道ではなく、政治家報道なのだと実感。
『海皇記』を読んで寝る。
冒頭の見開きページに驚く。よく見ると、闇の中の海。読者もその闇の中で目を凝らせば、戦艦や小舟などの細かい描き込みが見える。よく、この紙質の頗る悪い媒体でこれをやろうと思うなぁ、と感心。
眠りもまた闇の中か。
本日のBGM: One (Aimee Mann)