散髪

「あなた、一の糸を押さえる指、2ミリずれてるわよ。」
四、五人の弟子が一斉に弾く三味線を見ていないのに、聴いただけで誤りを指摘する。それが妻の付いている師匠なのだそうだ。この話を聞いて、

  • 『ファンダメンタル音声学』(ひつじ書房、2007年)

の著者、今井邦彦氏の音声指導ぶりを想像した。
先日、アマゾンで頼んでおいてようやく届いたのだが、噂に違わぬ充実した内容。
私自身、大学ではテストは必ず肉声で行うあのT先生に音声学概論と演習を、W先生には教職課程での音声指導を受け、現場でもそれなりに揉まれ、鍛えられたとは思っていたのだが、まだまだ甘甘でした。今まで指導してきた生徒の皆さん、ごめんなさい。
今井氏の新刊では、個々の音、強勢、音変化、イントネーションに関して微に入り細を穿つ指導に加え、ユーモア混じりに、悪い例がバッサバッサと斬られていくところなど、痛快で楽しい。が、楽しんでばかりはいられない。
自分の音声指導のレベルを上げるには、まず自分の調音と聴音を徹底的に鍛えるしかないのだ。そのトレーニングから体得した「理屈」が指導に生きるのである。指導の際、ただまねさせるだけではいけない。高校生の指導では、教室でまねさせている間はなんとか、許容範囲の音に近づいても、自分一人で練習、発話する時にはすぐに、自分の楽な調音パターンに逃げてしまうからである。「矯正」「クリニック」ができてこそ、様々な音読トレーニング効果を発揮させられるのだ。
私も、調子の良いときは、生徒の口の中での舌の形や位置が頭の中の映像として見える(知覚する?)気がするのだが、いつもそのfine tuningを維持できているわけではない。週末の本業三昧で迎える月曜日の最初のコマなどは不安だらけで、かつて、吉祥寺駅から徒歩20分かけて通勤していた時などは、iPodでシャドウイング、リピーティングをしながらリハビリさながらの発音訓練をしていたくらいだ。
たとえ英語母語話者に音声指導を受けても、調音の矯正ができない人では効果は薄いのである。冒頭で引いた、三味線の師匠のように、ダメな音を再現でき、そこからどう移行すれば、望ましい音が得られるのか、という道筋を学習者に示すことができる人材。そういう人を師に持つことが肝要である。
その点、この師について行けば大丈夫。
そういう気持ちにさせてくれる。
11月の研究大会までにもっと鍛えて、音声指導研究部会の分科会に出てみようっと。
この書の英題がFundamentals of English Phoneticsとなっているが、形容詞の fundamentalのイメージ(基礎であり、中心であり、決定的であり、本質的)がまざまざと感じられる、生きた教科書と言える。
最終章の朗読や歌をiPodに入れる際に、それを傍で聴いていた妻は、「何してる人?英語の先生なの?かっこいいねぇ。」と感心していた。
『英語の使い方』(大修館書店)に続いて、またしても名著の誕生である。

中間試験は全て終了し、平常授業。木曜日は0限から。オーラルのテストを返却し、解説。今回は一人突き抜けた者が出たのだが、後は低調。自分の英語学習の幹をしっかり作ることを説く。
音読を呪文にしない。スラスラ感がでてきたら、その言語材料を分析して、既習事項がいかに活用されているかを実感する、そのために一番良いのが、歌なのだ、ということを再三繰り返し。歌を年間で15〜20曲覚えることの効用の話から、古文の百人一首の話へ。さらに、私の高校時代の国語担当S先生の話、古文のT先生の話。共通一次の国語で満点だった時の話、しまいには世界史の年表、年代の活用法などへと脱線。巡り巡って、着地位置を探しながら今、学んでいることを確実に身につけることの重要性に帰還。中間試験の現代社会の出題で、バブル経済あたりの日本と世界の状況を問う設問があったので、それに関連させて、印刷してあった広島大の出題で使われたグラフを配布。何が読み取れるのかを問う。前半戦の0限はこれにて終了。
4限は、後半戦。
「全国縦断高校入試リスニング問題制覇の旅」企画で問題を選ぶ時に見つけた、神奈川県立外語短大附属の出題を紹介。
読解問題ででてきた折れ線グラフをもとに、本文を読むのが普通なのだろうが、用紙を裏にして、まずは聞き取りでマッピング。私の範読を1回聴きながら。1分間相談タイム。次に、2回目の範読。マップを修正。ここで問題を再確認のため、表にして3分間で読み取る。すぐさま裏返してマップの補足、さらに表に戻ってグラフの選択。解答確認。さすがに、高校入試ではhigher thanとか、not so high 、the sameなど極基本的な表現のみが使用されているので迷うことはないが、センターや、広島大の出題などでは英語表現そのものが難しくなるので、グラフの先読みがいくらできても、読解力がないと埒があかないことを伝える。
「全国縦断高校入試リスニング問題制覇の旅」企画は、いよいよ中国地方は岡山県まで。
マッピングも随分慣れてきた生徒がいる反面、断片だけで、全くマップにならない者も。ここをどう橋渡しするか?私のマップの作り方は実演しているのだが、現時点で彼らの中だけでのインタラクションで「気づき」を得て、それが実際のマップ描きスキルに繋がるか?もう一度作戦練り直しか?先日このブログで取り上げたHOPEでも、第6章で、「HOPEに基づく授業での活動作り」として、マッピングが紹介されている。そこでは「構造化」というキーワードが出ていたが、ただ、マップを描くのではなく、この「構造化」部分をタスクに落とし込んでおく必要があるのだろう。とはいえ、bottom-bottomの聴き取り、top-topの聴き取りの落とし穴には注意が必要だ。

放課後は職員会議。終了後、床屋に電話して営業時間を伸ばしてもらい、急ぎ足。いつもより10日くらい遅いサイクルでなんとか散髪。スッキリしたぁ。
職員会議直前に質問があった生徒にメールをするよう言ってあったのだが、帰宅後そのメールを読む。

  • tell A from B の「区別する」という意味は、tellにあるのか、fromにあるのか、それとも合わさってできるものなのか?

というもの。難しい。通り一遍の解答は与えられるだろうが、その解答が、生徒の中で更なる疑問を生み、火に油を注ぐ、というと変だが、質問の波状攻撃にもなりかねない。生徒は, know A from Bという表現も見聞きしているから。こういうところで語法オタクにしないよう注意が必要だ。故に最初の解答はとても大事。慎重に論理展開と実例を選び返信。でも、明日、また学校で補足することになるだろう。

本日のBGM: Black To White (Richard Lloyd)