最近の英文法書に思う

Oxford University Pressからでている、Michael SwanとCatherine Walterの書いたThe Good Grammar Bookという入門書をご存じだろうか?2001年初版、2003年改訂版。Answer key付きなので初学者に適している。海外で出版されている英文法のテキストのうち日本で売れているものというと圧倒的にMurphyの “… in use”となっている現状に一石を投じる優れたテキストであり、私はAmazonのカスタマーレビューでも絶賛していた。(http://www.amazon.co.jp/gp/product/customer-reviews/0194315193/ref=dp_nav_0/250-8959908-5030636?ie=UTF8&n=52033011&s=english-books)

私が購入した2003年当時で2625円、最近ジュンク堂で見たら2700円だったのに、アマゾンでは3175円。
高くなったなあ、と思っていたら、なんとこの本が今年になって、旺文社から翻訳で出たのである。上下二巻。1冊2200円。計4400円。最初に書いたように(カスタマーレビューでも書いたのだが)、「初学者用」なので、大判で、レイアウトと読みやすさを徹底的に考慮して作られたとおぼしき文法書なのに、なぜ、2巻本なの?犯人(?)は「解説の和訳」です。原本では、どの文法項目も常にページの最初から始まるようにレイアウトされ、解答書き込みだけでなく、解答をチェックした後に書き込むであろう余白も十分とれていて、本当に視覚的負担の少ないテキストとなっていたのに、旺文社版は、解説の和訳が冗長だったり舌足らずだったりして、原本の分量ときれいに対応しないので所々ページの真ん中で項目が変わっていて魅力は半減。魅力が半減しているところに、2巻本である。
この旺文社版を購入するのは明らかに初学者ではなく「成人」「教師」となるのではないか?TOEICでスコアの伸びない学習者層で、なおかつMurphyのシリーズが手に負えない人たちに向けた商品になってしまった、という印象を受けた。残念!!
もうひとつ旺文社から、『表現のためのロイヤル英文法』という文法書が出た。編著は、マーク・ピーターセンと綿貫陽というコンビなので、こちらはすぐに購入。ソフトカバーで728ページ。惜しいなあ。大学入試の4択、TOEIC的な文法問題にはめっぽう強いが、満足に英文を書けない大学生や成人の日本人学習者をターゲットにするのであれば、問題演習にTOEIC形式を入れたのは大失敗だろう。レファレンスとしては物足りなく、表現力を養うには荷が重い。別冊で暗唱用例文が300あり、こちらを徹底活用することがはじめの一歩か。
巷の英語教材では『ハト感』の二番煎じのような極度に単純化した英文法学習法特集が雑誌で組まれたり、社会人・成人学習者が桐原の『フォレスト』を使っていたり、薄っぺらなテキストが、音読するだけで英文法の基本パターンが全て身に付くと謳ってみたり、web環境に目を移すと、効率よく科学的に英語を身につけるといいつつ、英文法書よりもさらに詳細な分類・場合分けと解説が付けられたりと、日々新しい教材が市場に出回っているのに、日本人学習者のほとんどが「英文法がわかる」という日はまだ訪れていない。
先日亡くなられた江川泰一郎先生の『英文法解説』は今では教師用としての需要が高いと思われるのだが、ページ構成、例文の吟味と対比、和訳の長さなど著者の執念を感じさせる完成度であった。解説は詳しければ詳しいほどいいというものではない。「解」という字が語るように、「腑に落ちる」かどうかこそがポイントなのである。その意味では、江川氏の「解説」は教師の解説の目指すべき一つの極といえるだろう。
このレベルの教材が今どれだけあるだろうか?コーパスの構築、活用の水準がこれだけ進歩し、認知意味論の「利用」「流用」がこれだけ進み、活字本とwebの連携がたやすくなっているにも関わらず、英文法の「教科書」「テキスト」そのものは従来の地平を突き抜けていない。言語事実を紹介したり記述したり、取り上げた言語事実に共通する要素を指摘したりはしているが、説明止まりで終わっているものがまだまだ多いのである。要因の一つには、「解説」の方法論が変わっていないということ、もう一つは教師(著者)の解説の技術・話術が拙いこと、があげられるだろう。教室現場としては、後者の要因がより大きいと感じる。オーラルイントロダクション、パラフレーズなど、内容理解とその確認の作業を英語で行ったとして、中1から高2くらいまで、常に新出の文法項目が出てくる場合に、「解説」はどこかで行わなければならないのだから、解説そのものの腕をもっと磨く必要がある。端的に言えば、既習事項から学習者が一般化した仮説に対して例外的・破格に見える事実をどう「解説」するかというところが大きなハードルだろう。私の最近の事例で言えば、 "Do what you think is right."という英文で、「なぜ thatではなくwhatなのか?」と聞く学習者に対して、どこまで戻って「解説」するのか?、また同例文で、「なぜthinkとisの間にthatとかが入らないのか?」と聞く学習者に対して、この学習者はどのようなものさしをあててこの文を査定しようとしているか推測できるか?結構大変です。
また、教科書の著者としても、「もしTMをそのまま生徒に渡しても生徒が理解できるように書けたとしたら、そのTMの方を教科書として、もっと英語を活用して授業をすることが可能になるかもしれない。」と考えて書くとすればもっと「腑に落ちる」解説が書けるのではないだろうか。
英語教育学者のみなさん、英文法に限らず「解説」の技術を磨くことの重要性をもっと取り上げてください。
story messageの向上には、ただ「なぜ?」という疑問に対する答えを論理的に記述するだけでなく、既習と新出の対比で、適切に過不足無く説明・定義・描写したり、身近なエピソードなどを交えたり、比喩を使ったりという技術が必要になります。こういう基礎技術に関しては、中高の英語教師は「予備校」の講師や「国語科」の教師から、さらには「小学校」のベテラン教師からもっと学べるはずです。
「最近の生徒・学生は英文法の基礎が身に付いていない」と嘆く前に「英語教師は文法の解説が最も不得手なのではないか?」と自問してみることこそ意味があるのではないだろうか?