either の語感,あるいは質問の論理学

高3の講座で、多くの生徒が理解不十分だった英文をあげておく。
A logical policy would be to decide what priority to give to the two favorite goals of recycling --- saving raw maeterials and having less rubbish --- and then ask whether recycling was the best way to achieve either. The answer would sometimes be no. The best way to reduce the consumption of raw materials would be to price them at levels that reflect the environmental harm done by their extraction and consumption. Left to itself, the market will generally prefer virgin to recycled materials, if only because they are generally better.
最終文の if only because の部分の理解度も低かったが、とりわけ的はずれな理解が多かったのが、
and then ask whether recycling was the best way to achieve eitherの部分であった。
eitherが「どちらか一方」という訳語に引きずられるとここでの文脈からは離れてしまう。「リサイクルが前述の二つのうちのどちらか一方を達成するのに最適な方法であるかどうかを検証すること」という和訳に代表される理解では、この英文が読めたことにはならない。基本例文として、 Which one do you prefer? --- Either will do. という英文は多くの高校生にとってなじみのあるものだろうが、このEither will do.を疑問文にしたらどういう意味になるか?とは考えが及ばないようなのである。
Will either do? 「どちらでもいいのですか?」という質問は、AとB二つの選択肢があるときに、「AがよくてBはだめ」,「BがよくてAはだめ」、「AもいいしBもいい」,「Aもだめで、Bもだめ」という解答の可能性からどの答えを持っているかを相手に問う時に、質問をする側は、3番目の答えを期待していることを示唆しているのである。whether以下が疑問の文脈であり,しかも後続する文 (The answer would sometimes be no.) で示されるように筆者はこの命題に否定的なスタンスであることが明らかだ、という理解にたどり着ければ、訳語の細かい不備は修正が利くが、根本の理解ができていなければ、正解の和訳を読んでも実感がわかないことになる。